フォーカル・ディストニア発症における軟部組織の関与仮説
左手薬指にフォーカル・ディストニアを発症したヴァイオリン奏者に作業療法的な治療をおこなって一定の効果があったとの症例報告がありました。
この論文のポイントは「筋緊張異常や軟部組織の短縮に起因する異常な感覚入力」がフォーカル・ディストニア発症の一因になっていると仮定して治療法を組み立てた点です。
具体的には体操やストレッチなどのセルフ・メンテナンスを本人に毎日実施してもらい、徒手的治療を週1回の頻度で半年にわたりおこなったそうです。
そうすることで罹患部位である薬指の筋緊張異常の調整と軟部組織短縮を改善し、脳に異常な感覚入力が入らないようにする意図とのこと。
筋緊張や軟部組織の調整と言えば、鍼灸が得意とする領域です。
病院でフォーカル・ディストニアと診断された方が鍼灸で改善するケースがままあります。
そのメカニズムは何かと考えた時まさに同じ着眼点を思っていたので興味深く読みました。
鍼という道具は筋肉や軟部組織の緊張調整を目的とした時に最も威力を発揮します。
この論文の著者が言うように、過剰な緊張や過度の練習で筋肉や軟部組織が収縮したまま戻らなくなり、その結果、異常な感覚入力が脳に上がり続けて運動のコントロールを失うとしたら、鍼による緊張調整で症状が改善することの説明がつきます。
逆に鍼灸では改善しないケースについても見えてくるものがあります。
鍼灸、特に整動鍼のように筋肉や軟部組織の張力を調整する方法は一瞬で緊張を緩めることが可能です。
なぜなら筋肉の引っ張り合いは引っ張り元のポイントさえ緩めてしまえば、残りはほとんど物理の問題として緩んでしまうからです。
動作の種類や緊張部位によってどのポイント(ツボ)を使うかは正確でないとだめで、鍼灸ならなんでもいいわけではありませんが、特に整動鍼はこの分野が得意です。
そして効く場合は1回でも何らかの変化があります。
おそらく感覚入力が一定の正常な幅におさまることで、脳の運動制御が自己調整されると考えています。
逆に効かない場合というのは、脳の自己調整がうまくなされないか、症状が出るような体の使い方を演奏動作に不可欠なスキルと見なして脳が正確に指令している、といった可能性を疑っています。
鍼灸の効果は数か月~数年かかってようやく表れると言う人もいます。
でもフォーカル・ディストニアに関する限り僕はこれはないと思っています。
この疾患に取り組んでみて改善できた鍼灸師はみな内心そう思っているのではないでしょうか?
僕の場合は、動作 × 緊張部位で複数のシナリオを試すために3回はやってみることにしています。
3回以内に何の改善もなければ効かないケースと判断してそれ以上やりません。
長い期間通い続けて少しずつ良くなってきたというのは(そういうケースがある可能性は否定しませんが)鍼灸以外の他の要因があって改善したと考えた方が妥当なように思います。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師