鼻抜けを考える(2019年1月版)
おととしの9月から10月にかけて「鼻抜けに取り組む」とのタイトルでたくさんの記事をブログにあげました。
それからさらに多くの鼻抜けに悩む管楽器奏者と向き合ってきて、だんだんと鼻抜けの方に共通する演奏姿勢について見えてきたものがあります。
ここ数日は、あえてその姿勢を真似しながらクラリネットを吹いてみるという実験をしていました。
かなりハードなきつい体験でした。
僕のクラリネットはそもそもが研究用のにわか仕立てです。
アンブシュアや顔の筋肉など、演奏用に充分鍛えられてない事実があります。
それでも5分も吹き続けるともう限界で、鼻の奥、喉の奥、軟口蓋の感覚など、痛い、硬直する、きつい、としか言いようがありませんでした。
鼻抜けの方がよく言われている「これ以上吹くと抜けるのが分かっているので途中でやめてしまう」「そもそもきつくて吹けなくなる」というのはこういうことかな、と身をもって感じました。
鼻抜けの方の姿勢の具体的なところは、まだ研究中なのであえて公表しません。
姿勢はあくまでも外からの見た目であり、中の筋肉の使い方はまた別だったりします。
書くことで言葉が独り歩きして外からの見た目さえ直せば良いと受け止められると、むしろ弊害の方が大きいという懸念もあります。
今日ここで書くのは現時点で、僕が鼻抜けについて管楽器演奏の機能面から考えていることです。
リード楽器の鳴る仕組み
サックスの自動演奏ロボットによる研究で分かったことは、鳴らすためには楽器のリード部分の内側と外側の気圧をある一定の差にする必要があるということです。
内側というのは人間でいうと口の中、外側はマウスピースや楽器の管体の中です。
この両者の気圧差が大きすぎても小さすぎてもだめで、リードが鳴るためには「ある一定」にコントロールする必要があります。
ただしここで言う「ある一定」は、テンポ、音の高さ、強弱、気温、湿度、外気圧によって変わるそうです。
ロボットによる実験では樹脂製のリードとゴム製の人工唇を使っていたので、この部分の条件は一定です。
実際の人間ではリードと唇の条件も日々変わるので、これも可変要素になります。
「ある一定」と言いつつこの時点でかなり絶望的になりますが、この研究から一点だけひろうとすれば、とにかく楽器のリード部分の内側と外側の気圧をある一定の差にすればよい、適切な差分さえ作ってあげれば楽器は鳴るらしいことです。
ダブルリードやリップリードの金管楽器でも同じことがいえるかどうかは分かりませんが、今のところは同じと仮定して鼻抜けの改善策を考えています。
息圧・スピード
息(=空気)は流体です。
流体の物理学では、息圧を静圧、スピードを動圧、この両者を足したエネルギーを全圧と言います。
仮にまったく抵抗がないとすれば、息の通り道のどこをとっても全圧は変わらないとされます。
ここからイメージされるのは、通り道を狭くするとスピードは上がり息圧は下がる、逆に広くするとスピードは落ちて息圧は上がるという関係性です。
実際には人間の肺からアンブシュアまでの通り道はかなり複雑な形をしていて空気抵抗でロスするエネルギーがあります。
これは肺活量が同じだとしても、通り道の形によって得な吹き方と損な吹き方があることを意味します。
僕が鼻抜けの方に共通する演奏姿勢として見ているのは、この通り道が余計に複雑になりそうな姿勢です。
鳴らすためにリードの内外である一定の気圧差を作る必要があるのなら、息の通り道で圧を損なうように働くあらゆる要素を除いた方が良いことになります。
そのためにはどうしたら良いか。
圧を作るのは広いところでやった方が良いので、肺、肋骨、すなわち僕のレッスンでは胴体側の姿勢にアプローチすることが多いです。
アンブシュア・表情筋・軟口蓋・その他
僕の仮説では、息の圧を作るのはより広いところでやって、喉や口の中、アンブシュアなどはもっと別の仕事(息のスピードなのか音色なのかまだよく分かりません、、)ができるようにした方が良いと考えています。
そのために胴体側を重視するわけですが、息圧を作れるような体勢を作ったとしてもすぐに鼻抜けが解消するのはまれです。
というのも鼻抜けにつながる吹き方に体が慣れてしまってるせいで、新しく肋骨の動きで息圧を作れるようになっても、喉から上で圧を作ろうとする動きが反射的に出てしまうからです。
長く暮らした家のお風呂は目をつぶっていてもシャンプーやシャワーに手が届きますが、引っ越したばかりの新しい家はそうはいきません。
これと同じで、古い動きに替えて新しい動きを身につけるには少々時間がかかるのです。
アレクサンダー・テクニークのレッスンでは胴体の動きが改善した状態で、アンブシュアが本来やるべきこと、表情筋が本来やるべきこと、舌が本来やるべきことなどをあらためて学び直していきます。
この過程で胴体でやるべきものは胴体に返し、喉から上でやるべきことはより明確にして残し、といった具合に必要な動きを交通整理します。
このプロセスがないと、喉から上は単に脱力するだけで今度は必要な動きすらしなくなることもあるからです。
このようなことをしてもまったく効果がない場合は、軟口蓋の形の問題など、医療的ケアが必要であることもあります。
これまでお会いした中で1人だけそういう方がいましたが、その方は病院で手術することにより鼻抜けを解消することができました。
自分が努力してなんとかなるものかどうか判断するためには、管楽器奏者の鼻抜けという現象に関心を持ち理解を示してくれる病院を受診し状態を確認することも大切です。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師