金管楽器奏者のアンブシュア不調と側頭筋・咬筋の緊張
金管楽器奏者のアンブシュア不調でしばしば見られる症状に、中音域から低音にかけて音が鳴らないということがあります。人によっては高音域では何も問題なくスルスルと吹けたりします。ところが中音域から下になると別人のように音が当たらないのです。
大方のケースで第3倍音(C管ならG、B♭管ならF)を境にくっきりと上と下で症状の出やすさが変わります。「音が当たらない」「ノータンギングでは鳴らせるがタンギングすると鳴らない」といった症状です。通常、第3倍音周辺は初心者でも鳴らしやすい音域と見なされています。アンブシュア不調は高い音の方が起こりやすいイメージだったので、あの音域が出ないことと高音が出ることのギャップに当初は驚きました。
野球のイップスでこういう話を聞いたことがあります。マックスの速球や遠投では症状が出ないのに、ピッチャーから1塁へ送球しようとすると暴投になるのでそれを避けるために、1塁に走り寄って下手投げでボールを渡すことがあると。
ゼロと全力はできるけどその中間のコントロールが困難になると考えればよいでしょうか。そう考えると金管楽器の場合と重なって見えてきます。速球とか遠投が高音域だとしたらピッチャーから1塁への送球は中音域から低音に当たります。ただし金管楽器の場合、ペダル音域は難しい技術領域なので力がゼロで済むところはないかも知れません。
そこでこの問題の原因はアンブシュアに影響ある筋肉の出力調節にあると仮説を立ててみます。筋肉は初めから収縮しているとさらに収縮する余地が残っていません。ゆるんだところから収縮するまでの差分が出力に反映し、差分が大きいほど調節がしやすいとすれば、初めから硬く緊張した筋肉では出力調節がしづらいはずです。
その観点でみると興味深い筋肉が側頭筋と咬筋です。
アンブシュア不調の方の側頭筋と咬筋を触診すると高い確率で緊張が確認できます。アンブシュアを直接作っている唇まわりの筋肉も緊張していることはありますが、こちらは皮膚に付いているせいかゆるめても演奏が変化しないことが多いです。むしろ側頭筋、咬筋をゆるめた方が圧倒的に改善率が上がります(当社比)。皮筋の表情筋に対して土台を提供するような役割でもあるのでしょうか。
僕が使っている整動鍼では手のツボを使って側頭筋や咬筋をゆるめます。そのため顔や頭の局所に鍼をすることはありません。それにもかかわらず施術前後で吹いてもらうと高い確率で明らかな改善があるので驚きます。局所に鍼をするとその場所がゆるむだけですが、離れたツボを使うと側頭筋、咬筋に加え別のところにも作用が及ぶのが関係しているかも知れません。
現在のやり方を思いついてから約一年になりますが着実に事例が積み上がってきています。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師