休日の宿題(フォーカル・ジストニア)
当サイト内の症例ページでご案内のとおり、当院ではフォーカル・ジストニア(FD)の治療にも取り組んでいます。FDに対する施術でよくある悩ましいことはある程度治療がすすむと改善が足踏み状態になることです。
実は鍼で音楽家のFDを良い方に変化させること自体はそんなに難しくありません。変化させられるかどうかであれば2、3回施術すれば見きわめられます。もちろん難しいケースもあるのですが最初の数回でなんの変化も起こせなければ、それは鍼が不適応なタイプのFDと考えてあまり深追いしません。FDは原因不明の疾患ですから、症状が似ているだけで中身は異なる疾患が混ざっていても不思議ではないと思うからです。他方で鍼が効くタイプなら、施術の直前直後で実際に演奏してもらえば本人にも分かるレベルで変化が出ます。そしてそのために必要な鍼の技術は普通の鍼灸師のそれで十分です。
そうして何回か施術を繰り返したところで冒頭のような壁に当たります。直前直後では効果が確認できるのに何日かすると元に戻ってしまったり、実際にパフォーマンスをするにはまだまだ不十分であるなど、プレイヤーの望みが上がるほどこちらに求められる技術も難易度が増すわけです。
現在取り組んでいる患者さんの1人にプロのヴィオラ奏者がいます。左手指に症状が出ます。これまでの経過から背中に着目した施術で指の曲げ伸ばしが改善することは分かっていますが、ご本人の目標は演奏家として立つことであり、それにはあと一歩およびません。もっと効果を上げるためには下半身とのバランス調整をする必要があると踏んでいます。ただ下半身といっても効きそうなツボはたくさんあり、いきなり臨床の現場でツボを試しても行き当たりばったりで事後検証が難しくなります。1回1回の施術機会は貴重ですから、あらかじめ典型例となる筋肉のコリのパターンをいくつか想定しておき、それぞれに使うツボは整理しておきたいのです。
そのようなわけで休日でまとまった時間が取れるときは考えを整理する作業に当てています。
このヴィオラ奏者の方で言えば既に数回の施術経過がありますから効いたこと/効かなかったことがある程度分かっています。そこから類推して下半身につながる連動経路をいくつかしぼり、それぞれにおいて確認すべきツボ、鍼をすべきツボを割り出しておきます。臨床は単独の理論でスパッと説明できることはほとんどなく、複数の連動が重なっているのが普通です。だから観察した生の現象を理論に還元するのに少々頭を使います。そのためにまとまった時間が必要なのです。
こういうことをして割り出したツボが実際にヒットすることは稀です。しかしこれなしでは稀にうまくいったときにそれがなぜなのか説明できません。私としてはFDに対する鍼の効果はまだまだ伸びしろがあり、またそれは理論化が可能だと思っています。今のままでは少数の取り組んでいる人がやってみて効く場合と効かない場合があるだけです。腕の良し悪しだけで語られてしまいます。理論化して説明できればだれでもできる技術になります。音楽家のFDが(少なくともその一部が)鍼灸師ならだれでも対応できる疾患になればそのメリットは小さくないはずです。
そのように思って宿題に取り組んだこの週末の休日でした。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師