坑道のカナリア
鍼灸師になるより以前、仕事の関係で釧路の炭鉱に入ったことがあります。
地上の入り口から人車(じんしゃ)に乗ってトンネルをくだりました。
採炭の現場は海の底のさらに下で、狭さもあって、何かあったらと思わせずにいないところでした(実際には二重三重に安全策がとられていて大丈夫にしていますが)。
昔、炭鉱では有害なガスを検知するために鳥のカナリアを連れて坑にもぐっていました。
カナリアは人間よりもガスに敏感で、人が気づくより先に弱ってしまうからです。
このことから、芸術家の社会における役割は何らかの危険に対して敏感に反応し、それを人々に知らせることだと言った米国の作家がいました。
僕のアレクサンダー・テクニークの先生はキャシー・マデンさんにしてもバジルさんにしても、一見「間違った」「おかしい」「ダメ」に見えるやり方であっても本人にとっては何らかの必要があってやっているとの視点を持ち続けて観察しレッスンしていました。
このことは僕が演奏家の不調に取り組む際にも大切にしていて、「ダメ」なものを根絶して矯正するというよりは、それをして得ようとしているのが何なのかをものすごく考えます。
僕の目覚めている時間のほとんどはこれを考えるのに費やされています。
そのためにまず、不調に悩んで相談に来る方々のやろうとしている音楽を僕自身が知ろうとします。
言葉で伝え切れずもどかしい思いをさせてしまうこともよくあります。
でもいいのです。
しばしば思うのは、不調の演奏家が頭の中で鳴らしている、目指している音楽が実に繊細微妙な色合いを弾き分けていること。
レッスンで一緒に取り組む中でブレイク・スルーが起こり、その解像度の鮮やかさに驚かされたことが何度もあります。
誰も聞いたことのない音楽を言葉で伝えるのがそもそも無理。
でも伝えようとしなかったらその繊細微妙な音楽をその人自身が気づかないままかも知れません。
繊細ゆえの脆さがあり、少しでもやり方を間違えると望んだ音楽にならないので、その差を修正すべく無理を重ねた結果が不調として現れます。
しかしいったん確信を持って弾き分ける具体的方法が分かったら、そのレシピは宝です。
かつて鉱夫たちがカナリアの異変から危険が迫っていることを知ったように、彼らのような感性の細やかな音楽家から僕らが学べることがたくさんあるように思います。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師