ディストニアと似た症状が出る別の疾患
アメリカに金管アンブシュアの専門家、ウィルケン氏という人がいます。
彼はディストニアではないのに「ディストニアである」と宣言されてしまうことの危険性についてブログに書いています。
≫ Embouchure Dystonia Treatment – Some Questions and Criticisms
この同じ記事は数年前にバジルさんが日本語に訳してくれました。
≫ アンブシュアディストニアとアンブシュア機能不全の改善方法について
ディストニアではないのに「ディストニアである」と言われてしまう、あるいは自分でそう思ってしまうと、本来受けるべき適切な医療を受けるのが遅れる、あるいは受けることができません。
そうした勘違いによって治る可能性を失う場合もあるわけですね(ウィルケン氏はベル麻痺や軽い脳血管障害を例にあげています)。
フォーカル・ディストニアと似た症状が出る別の疾患にはどのようなものがあるのでしょうか?
『どうして弾けなくなるの?<音楽家のジストニア>の正しい知識のために』(音楽之友社)には、アンブシュア・ディストニアと診断されたチューバ奏者が実は顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーだった例が紹介されています。
この方はすぐに吹けなくなるしアンブシュアがゆがむということで最初にアンブシュア・ディストニアと診断されましたが、3年後に翼状肩甲骨と表情筋の著しい筋力低下から顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーと再診断されました。
同書にはアンブシュアとの関連では他に重症筋無力症があげられています。
これらの疾患はいずれも徐々に筋力が低下する特徴があります。
楽器演奏よりも高い負荷のかかる運動は日常生活にも多々あります。
しかし表情筋に関しては管楽器演奏より高い負荷がかかることは日常生活ではほぼありません。
そのため病気の初期段階では管楽器演奏でだけ症状を感じることになり、アンブシュア・ディストニアと見分けるのは難しいのです。
これらは指定難病ですからあったとしても極めてまれでしょうが、まれであるがゆえに見落とされる可能性が高いと言えます。
また、よりありふれた例としては末梢神経の障害についてふれられています。
けがや圧迫などで神経が損傷したあと、回復する過程で本来とは別の筋肉に接続することがあります。
このような再生異常が起こると本人の意図とは別の筋肉がはたらきます。
動かしたいと思ってる部位と無関係のところが勝手に動くわけですから、まるでフォーカル・ディストニアのように見えます。
こういった例として顔面神経麻痺や尺骨神経麻痺からの後遺症があげられています。
前者はアンブシュア・ディストニアと、後者は手指のディストニアと間違われる可能性があります。
同書には顔面神経麻痺からの神経の再生異常が疑われるオーボエ奏者の例が書かれていました。
この方の場合は、アンブシュアと同時に(元)麻痺側のまぶたが閉じたり表情筋にけいれんのような緊張が出るようになったそうです。
ちょっと違いますが、僕自身、尺骨神経麻痺のように思われる症状の方がフォーカル・ディストニアと診断されていらしたことがありました。
少なくとも僕が見た時点では尺骨神経麻痺と考えた方が説明がつきやすい身体所見と症状でした。
もともとの診断を下したのが日本ではなく海外の当時その方が居住していた国のハンド・ドクターとのことでしたが、問診だけで病名をつけたそうです。
発症したのが何年も前とのことで、当時どのように見えたのか分からずなんとも言えません。
僕にも予断がないとは言えません。
でももし間違ってフォーカル・ディストニアとされてそのためにこの方の治る可能性を狭めたとしたら、と今でも釈然としないものを感じます。
得意分野や専門をもつとそちらに寄せてものごとを見たくなるようなバイアスがかかります。
僕にももちろんバイアスがありますから、自戒をこめてウィルケン氏の警告を受けとめています。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師