パイロットは乱気流の揺れを非難されるか
僕が初めて乗った飛行機は、ソ連時代のアエロフロートで成田-モスクワ便でした。
アルジェリアのキャンプでボランティアとして働く面白い仕事があり、成田からアルジェに飛ぶ最安値がモスクワ経由だったのです。
この飛行機が実によく揺れました。
モスクワに着く直前の10分ほどは特にひどく、強風で翼がよじれ、突然ガクンと機体が落ちたりして、何度目かのトライでようやく着陸に成功しました。
ドスンと派手に落として、機体が無事に滑走路を走っていると分かってからの乗客の盛大な拍手。
パイロットは我々を無事に運ぶミッションを達成し、称賛されました。
昨年、僕はあるソロ奏者のコンチェルト動画を観て、その気迫こもる演奏に感銘を受けたことを本人に話しました。
ところがご本人は謙遜以上にその演奏にダメを出して言いました。
本調子ではなかった、天候の具合もありいいリードが選べなかった、それをどうにかごまかした妥協の産物という自己評価です。
これを聞いて僕はその悪条件があったからこそ成立した鬼気迫る、勢いに乗ったパフォーマンスだったと納得しました。
確かに本来やりたかったこと、準備してきたことと違うかも知れませんが、ライブはいいとこだけ切り貼りできるレコードとは違います。
生身の人間がその日その場所でできるぎりぎりまで逃げずに音楽と向き合うものです。
このソロ奏者は悪条件でも逃げませんでした。これでもう合格点。
さらにその中でもコントロールして(=ごまかして)音楽として成立させた。これをプロ根性と言わずしてどうしましょうか。
飛行機ならどんなに揺れてもパイロットは非難されません。
演奏会だとどういうわけかほんの些細な揺れがものすごく非難される雰囲気が(一部聴衆の中にも)あります。
目的地(音楽)に向かって様々な条件を乗りこなして逃げずに演奏し続ける、そのやりざまから何かを受け取る、そんな聴き方、文化の方が僕は好きです。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師