音楽家のディップ型感音難聴
ある特定の高さの音域だけが聞こえにくくなるタイプの難聴があります。
ディップ型感音難聴といって、多くは4,000ヘルツ周辺の聴力が落ちますがそれ以外の周波数帯でも起こります。
先日、20年以上プロとしてのキャリアがある音楽家の方がいらして、このようなタイプの聴力低下でのご相談でした。
ディップ型はしばしば騒音との関連が指摘されています。
典型的には工事現場の音環境のイメージですが、音楽の現場も負けず劣らずの音環境です。
しかも年間150~200公演くらいこなしているとのことで、職場環境から来る聴力低下の可能性も十分に考えられました。
ディップ型感音難聴の原因はよく分かっていませんが、血流障害による有毛細胞障害との説が現時点でもっとも合理的(≫ 騒音性難聴の最近の知見)とのことですから、耳の血流を良くすることで難聴にアプローチする鍼灸も効果が期待できます。
ただし有毛細胞の障害がどの程度進んでいるかによって、回復の見込みは変わります。
突発性難聴のようにある日突然聞こえなくなる場合は高い確率で回復が期待できますが、それは異常にすぐ気づいて有毛細胞損傷の初期に治療や施術をスタートできるからです。
損傷の初期であればまだ完全には死んでいない細胞が多く回復の余地も大きいのですね。
逆に気づかないまま徐々に損傷した場合は、回復不可能なところまで細胞がやられている可能性もあり、ディップ型はまさにこの自覚がないまま進むことが多いのです。
そのため突発性難聴のように週2~3回の通院をうながすかどうかは判断に迷います。
上述の患者さんの場合は聴力が落ちている周波数帯で正常と軽度難聴の間くらい、仕事はできているとは言えプロとしてのシビアな要求からすると万全でないような不安があって、会話が以前より聞き取りにくくなった自覚がありました。
音楽家でなかったら気づかないくらいの聴力低下じゃないかと思います。
このレベルから聞こえを良くするのは正直難しいと思いましたが、少なくともこれ以上悪化させないよう内耳の血流が良好な状態を維持することは鍼灸で可能なことです。
そこで鍼灸の施術と病院での聴力検査を合わせて定期的に行う考えをお伝えしました。
また、ちょっと大げさかと思いつつ補聴器や人工内耳についても調べてみました。
現状の聴力から考えて補助や保険が適用されないとすると、補聴器は片耳で数万から10万円程度、人工内耳は400万円と費用負担が大きいです。
また音楽で使っている周波数がだいたい40~15,000ヘルツに対して機械で補完するのは200~8,000ヘルツが一般的(補聴器も人工内耳も会話音声を補完するのが一義的な目的)なので、なにもしなくても相応に聞こえている現状の聴力に鑑みれば違和感のある聞こえ方になる可能性が考えられます。
ただし僕自身、補聴器も人工内耳も専門ではありません。
音楽の場面で使える機械も開発が進んでいると聞きますし将来的にはもっと変わるかも知れないので、より詳しくは専門の耳鼻科医や言語聴覚士への相談が必要でしょう。
最後に耳栓について。
欧州の国の中にはオーケストラなどの音楽の現場で、演奏家の耳を守る措置を取らねばならないところもあるそうです。
そうしたことが労働環境関連の法律で定められているとか。
遮音板立てたり耳栓配ったりとかです。
耳栓するとまわりの音が聞こえにくくなるデメリットもありますが、最近は音楽家の使用に耐えるような専門的な製品があると言いますし、耳を守ることが演奏家の常識になる時代がもう来ているように思います。
長く続けることを考えたら耳栓は自分に合うものを探して、つけた方が良いと考えています。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師