演奏になんら支障のない鼻抜けの事例
先日、トロンボーンの学生さんからチャットでメッセージいただきました。鼻抜けにお悩みとのこと。ただし僕がこれまでみてきた普通の?鼻抜けとはだいぶ様子が違いました。
鼻抜けとは管楽器を吹くときに息が鼻から抜けてしまう現象です。鼻の奥と口の奥はつながっていて、軟口蓋がこのつながりをふさぐことで息が楽器に吹き込まれますが、うまくふさげないと鼻抜けになります。
多くの場合、喉や鼻の奥でグッと詰まるような力みを感じ、人によっては痛みを感じることもあります。そして抜けると演奏困難になります。また高い音や大きな音で吹くと抜けるといった傾向があることも多いです。
ところがこの方は抜けますが吹けますとのこと。また痛みや詰まる感じもなく演奏中苦しさはない。なのに吹き始めから抜けていてどのような音域、音量でも抜けるとのことでした。
その後実際に来院して吹いてもらうとボーンとよく響く音が鳴って、鼻抜けでつらそうな要素はみじんも感じさせません。途中で演奏不能になったり「これ以上吹くと抜けそうなのでやめます」ということもなし。上あごの親知らずを抜歯したこともないし、耳鼻科でも内視鏡検査までして特に異常なしとのこと。
鼻から息が抜けること以外の自覚症状がとぼしい中で強いて言えば声にややひっかかりを認めたので喉の緊張をとるように鍼をしました。そして再度の試奏。
鼻抜けに関しては変化ありませんでした。ただそれとは関係なく本人の感覚として左右のバランスが変わって「こんなふうに吹いたのは初めて」とのこと。なんとなくこの感想が気になりました。普段からよほど体の感覚に気をつけていないとこんなコメントは出ません。しかも今回は主訴である鼻抜けが全然改善していないわけですから。
試しに吸い過ぎなくらいブレスをとってから、放っておくと出てしまう息を出ていかないようキープしながら吹いてもらったところ、鼻抜けがピタリとやみました。と同時に奏法としてこれでいいのか?という疑問をいただきました。どういうことかというと吸い過ぎて入っている余分な息をキープするのが力みに感じられるということでした。以前に演奏中の力みを指摘されたことがあり、なるべく力を抜くように気をつけていたそうです。
上述の左右バランスの話といい、この方は筋感覚を繊細に感じ取れるがゆえにできるだけ力を抜くよう取り組むうちに、軟口蓋が上がる際に生じる感覚を不要な力みととらえてしまったのかも知れません。それでなぜか器用にも軟口蓋が下がったまま吹く奏法を身につけた可能性があります。推測ですが。
本人は力みと認識するもののそれがあるときに鼻抜けが防止できているのは明らかでした。そこで上記の手順でブレスをとって吹くことにしばらく取り組んでいただくことにしました。
それにしてもまるで特殊奏法のように鼻から息を抜きながら苦もなく(少なくともそう見える)吹く人は初めてで驚きました。と同時に「力んでるから力抜いて」式の伝え方の難しさを考えさせられました。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師