Tuba奏者のタンギング不調と整動鍼のツボ
数年前からタンギングとアンブシュアの不調に陥ってしまったTuba奏者の方。
もっとも悪化した時は体が硬直して息が止まってしまい、完全に音が出せなくなりました。
病院ではフォーカル・ディストニア(疑い)と診断されたそうです。
今は音は出るもののタンギングに問題を感じていて、実際に吹いていただくと音の立ち上がり方からして確かにそのとおりでした。
舌はなかなかの難問です。
普通の骨格筋が関節をまたいで骨を動かすのに対して、舌は他の筋肉群との微妙な張力バランスで宙ぶらりんになってそれ自体が動きます。
なのでタンギングの不調が舌そのものにあるのか、舌の位置を決める他の筋肉群にあるのかで調整する対象が変わります。
しかも下あごに隠れていてどうなっているのかよく見えません。
さらにタンギングの問題と認識されているものの中には、息の流し方やアンブシュアの方に原因が隠れている可能性もありこれら1つ1つを鑑別していかないと見当違いなアプローチになります。
この方の場合は体の硬直があったことをヒントに、その影響をもっとも受けやすい呼吸の問題から確認しました。
鍼灸では肋骨の動きに関係するツボを使い、アレクサンダー・テクニークも使ってブレスを改善します。
いくつかの方法をこの路線で試してみて、胸椎も肋骨も動きが出て音は変わりましたがタンギングの改善には至りませんでした。
この時点で呼吸の問題を一応除外して、舌の動きへのアプローチに切り替えます。
ここで最近注目している整動鍼のツボを使うことにしました。
整動鍼とは、筋肉の張力バランスを調整して動きが止まっていたところを動きやすくし、結果として痛みなどの症状を改善する鍼の一手法。
一番の特長はどのツボを使うとどこの動きが変わるか、ツボごとに分かっていることです。
仮説と検証に基づいて施術を組み立てる上でこれは大きなメリットになります。
また動きからアプローチする点でアレクサンダー・テクニークとも大変に相性が良いです。
動作の観察と触診と現時点で僕が知っている数少ない整動鍼のツボ・レパートリーから一致するものが胸鎖乳突筋の調整だったので、とりあえずそこから始めましたがこれがうまく当たってくれました。
手のツボに鍼をして、直後に吹いてもらったところご本人もまるで違う手ごたえを感じられて、聞いている僕からもタンギング・ミスが減ったのが明らか。
こういうことは考えられないでしょうか。
タンギングをアプリ、張力バランスを動作環境とすると鍼で変えたのは動作環境の方です。
アプリの方に原因があると考えても問題が解決しないのは実は原因が動作環境の方にあったから。
整動鍼ではMEG(脳磁図)を用いて脳のはたらきの観点から鍼の作用機序を解明しようとしているそうです。
この研究の詳細はまだ明らかにされてはいませんが、体の張力バランスと脳磁図のパターンに何らかの相関性があるのではないかと想像しています。
アレクサンダー・テクニークも最終的には自分の脳の使い方を意図的に変えることで全身の張力バランスを自己調整する段階に進みます。
当初は自分が体で何をしているのか細かいレベルで観察することから始めて、意図したとおりにやっていないことを発見し、その時の自分の思考を観察し、思考と動きを変える実験と練習を繰り返すことでだんだんとうまくなっていくものです。
高度なレッスンになればなるほどアプリには着目せず、動作環境に影響を与える思考をアップデートします。
整動鍼とアレクサンダー・テクニークで何ができるのか?
そんな可能性を感じさせるTuba奏者の方の施術でした!
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師