腹筋より大切な体幹のための筋肉
体幹、体軸が大事だとよく言われます。
スポーツでも武道でもまた音楽の世界でも、そんなものは要らないと積極的に主張する人はいないでしょう。
人が体幹、体軸でイメージするのは安定性です。
だからといってがちっと固めていてはダメで、状況に応じて動きながら相手(あるいは楽器)との対応において安定する必要があります。
そこでアレクサンダー・テクニークでは脊椎が柔軟に動けることを重視します。
スポーツや武道で相手のタックルや攻めを相殺するように軸をまとめたり、あるいは解除していなしたり、楽器で苦しい姿勢を回避して演奏したりといったことをするために動ける必要があるからです。
安定性と可動性の両方が必要なんですね。
安定と可動を担保するための筋配列として長年疑問だったことがあります。
それは腰椎の前側に直接付着して屈曲させる筋肉がないことです。
脊椎の生理的弯曲として頚椎は前弯、胸椎は後弯、腰椎は前弯です。
胸椎は胸郭という構造物の一部をなすこと、また人間の立ち姿勢から考えれば椎骨に付着する筋肉が基本的に後ろ側にしかなくても機能的に問題なさそうです。
頚椎の前側には椎前筋が付着していて、頚椎自体の動きとして屈曲が可能です。
後ろ側にももちろん筋肉が直接付着しているので屈曲、伸展の調節が可能になっています。
ところが頚椎同様前弯してるのに腰椎にはそのような筋肉が見当たりません。
骨盤の前後屈で間接的に制御することもできますが、実際の人体の動きからするともっと積極的に腰椎屈曲をコントロールしてるように見えます。
よく言われるのは腹筋を使って腹圧を高めることで腰椎の前弯を抑制するという考え方です。
で、そのためにどうするの?というと腹筋を鍛えなさいと言われます。
一見良さそうです。
しかし本当に素朴に考えるなら、腰椎より上にある肋骨等と腰椎より下の骨盤に付着する腹筋群がはたらくと、間にある腰椎は圧縮される他ないのでは、という疑問が生じます。
この構造だと腹筋を使えば使うほど、腰椎がもともと持っている前弯を強めるように思われます(腹横筋の作用について実験した研究もありますが、骨盤の前傾を強める結果になっていて、腹圧を高めると腰椎がどうなるかは不明です)。
腰椎前弯の程度を調節可能にするためにはやはり腰椎それ自体の前側に付着する筋肉が必要なんじゃないか、という最初の問いに戻ります。
そういうわけで腰椎の筋配列について専門の知見から書かれたものを長いこと探していて、見つけました!
大腰筋です。
>>月刊スポーツメディスン No.169, 2015, 特集 大腰筋の機能
こちらに雑誌の一部がPDF公開されていて、3ページ目の図に大腰筋の作用として腰椎の「回転中心の前方に位置する場合は屈曲に作用」とあります。
大腰筋の一部は腰椎を屈曲させるはたらきがあるのですね。
そうやって見るとちょうど頚椎の椎前筋とパラレルです。
前弯の椎骨の前側に直接付着することで弯曲の程度を調節するのに一役買っている。
機能にも筋配列にも一貫性が見えますね。
立ったまま腰椎を屈曲させると骨盤が後傾します。
するとなんと太極拳の基本の立ち姿勢に似ているではないですか。
アレクサンダー・テクニークでも「背中が後ろに(back back)」と言う人がいますが、言わんとすることは同じでしょう(英語だとbackは腰部でもあります)。
管楽器でも壁を背にして腰のベルトのあたりを後ろに押し付けることで体幹の感覚を養うことがあるそうです。
言い方が難しいところですが、ここで言いたいのは腰椎は屈曲していた方が良いという話ではありません。
言いたいのは屈曲と伸展の調節がいつでも可能な状態にあること、そのためには大腰筋の前側の一部が重要な役割を持っているようだということ。
体幹、体軸について考える時、大腰筋のこの機能についてもっと目を向けた方が良さそうです。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師