丹田とか背三関ってあれじゃね?
こんにちは!ハリ弟子です。
昨日のブログで気功についてふれたらアレクサンダー・テクニーク(AT)との関連で他にも思い当たることがあったので書いてみます。
初めに断っておきますとハリ弟子は気功についてよくは知りません。鍼灸学校の先生が「私も師匠から聞いただけなんだけど」と断りつきで教えてくれた話がベースなので孫引きあるいはひ孫引きくらいにおおもとから離れています。
それでもなぜ書くかというと、気功の人たちが経脈やツボといった言葉を使って表現しようとするものが鍼灸師のそれと違うところがおもしろく、またそれがATの立場から見ると変に分かるところがあるからです(分かる気になってるだけかも知れませんが)。
上の図は人の胴体を横から見たところです。背中側を督脈(とくみゃく)、お腹側を任脈(にんみゃく)が走るところは鍼灸のそれと同じです。細かく見ると任脈が上から下に流れるとか、男女で督脈・任脈の流れが逆になるらしいとかありますが、おもしろいのは頭のてっぺんで督脈が終わり任脈になるところです。そしてその頭のてっぺんに向かって体の中心を衝脈(しょうみゃく)が突き上げます。
また背三関といって、背中側に3つの関所が想定されています。玉枕関(ぎょくちんかん)、夾脊関(きょうせきかん)、尾閭関(びりょかん)です。
場所は諸説あるようですが、玉枕関が後頭部の下、夾脊関が胸椎11番あたり、尾閭関が尾骨のあたりとされています。ATをやっている人なら玉枕関が「ネック・フリー」、夾脊関が「背中が後ろへ」といったように思い当たるのではないでしょうか。関というところから、動きの流れをそこでせき止めやすいので止めないようにというメッセージである気がしてなりません。
さらに、丹田が上中下の3か所に分かれているのも興味深いところです。上丹田はツボでいうと印堂(いんどう:眉間の真ん中)、中丹田が膻中(だんちゅう:両乳首の間)、下丹田が関元(かんげん:へその少し下)に当たるとされています。体表だとその辺ということで、気功で実際に意識するところは体の奥の方でしょう。
多分これは重心の位置で、下丹田は立っている時の重心(第2仙椎の前)、中丹田は座っている時の重心(第7~第9胸椎の前)、上丹田は頭の重心(トルコ鞍のあたり)です。これもまたATをやっていると少なからず意識せざるを得ないのではないでしょうか。
こうして見てくると(こうした見方が許されるなら)、気功は重力に対してバランスよく体を配置ないし動かすことで気を流し健康や養生につなげようとしているかに見えます。なにより頭頂で督脈と任脈が切り替わるところが象徴的です。
鍼灸では口で督脈と任脈が切り替わります。口は内臓への入り口です。鍼灸では健康や養生のためには臓腑がもっとも重要だと考えているわけです。あるいは逆に、鍼という道具を前提に健康や養生を考えた時に臓腑の作用や相互関係を想定したらうまく行った、というのが本当かも知れません。そうすると当然、それに合った経脈や気の流れのデザインを考える必要があり、身一つで気の流れを起こす気功のそれと同じにはならないのです。
気功では陰緯脈(いんいみゃく)・陽維脈(よういみゃく)が腕を流れ、また奇経八脈が正経十二経のような順番をもっていて、全身を一周するように考えるそうです。これなども鍼灸の常識からしたらかなりぶっとんでいますが、自分の体で実践することを考えたら、前と後、上と下という意識でバランスをとる方が役に立ちそうだというのは何となく分かる気がします(この理解が合ってるかどうか分かりませんが)。
どちらが良い悪いではなく、どちらもそれぞれの問いに対して人が考え続けてきた結果です。鍼灸は覚えることが多くてともすれば根本的な問いが何であったかを忘れてしまいます。気功やATといった他流を合わせて考えることでそれぞれの問いの前提まで含め深く考えることができます。
開業してから数か月、まだたった数か月ですが、このようなことを考え続けることでハリ弟子の鍼灸のやり方は急速に変わってきました。もちろん良い意味での変化です。このような学びを大切にしていきたいと思います。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師
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