楽器職人と鍼灸師の仕事は似ている
音楽家の耳の良さには感服します。
よく言われる絶対音感など音程の話ではなく、音そのものの響きや張り、明るさや暗さなどを聞き分ける話です(言語化が難しい・・・)。
たとえば言葉なら日本語音声は五十音に分類されていて、我々は普通にアイウエオやカキクケコを聞き分けられます。
楽音の場合ピアノでたとえば「ド」の鍵盤を下げるにしても、その同じ音を五十音並みに聞き分け、そして弾き分けられるイメージです。
文化、スタイル、曲目、演奏家の好みによって理想とする音は同じではありません。
そういう演奏家をクライアントとする楽器職人もまた同様の能力を求められます。
ただし職人に必要なのは物理現象としての音の違いを聞き分ける能力であって、そこに好き嫌いや良し悪しの判断は入れません(仮に個人的な趣味、嗜好があったとしても)。
良し悪しの判断はあくまでも音楽家の領分であり、楽器のどこをどうすればどういう音になるか熟知していて、求められた方向に寄せるのが職人の領分と言えましょう。
これはまたコミュニケーション能力も求められる仕事です。
なぜなら工房に持ち込まれた時点でその楽器は理想の音を出せない状態だからです。
持ち主が実際に弾いて「こういう音」と示すことができません。
どうしたいのか言葉でお互いに理解する必要があります。
AとBだったらどちらか?
Aの中でもaとa’だったらどちらか?
aの中でもαとα’だったらどちらか?
クライアントにもある程度言葉の細かさが求められるでしょうし、職人はどこまでもその細かさについていく必要があります。
鍼灸師はどうでしょうか。
「医療」というとすごくしっかりと定義された「健康」なるものがあって、患者さんをその「健康」な状態にすることと思われがちです。
病院であれば検査数値を正常値にすることだし、鍼灸であれば「気がととのった」とか「よくめぐっている」状態にするイメージでしょうか。
このイメージでは、患者さん本人がなにを不快としてどうなりたいのかと一致させる必要性が必ずしもありません。
こういう鍼灸も確かに存在しますが、僕がやっている仕事はちょっと違います。
はるかに楽器職人に近いことをしています。
演奏時の体の感覚としてどこがどううまく行っていないと感じるのか?
そしてどうしたいのか?
AとBだったらどちらか?
Aの中でもaとa’だったらどちらか?
aの中でもαとα’だったらどちらか?
なるべく精確に理解しようとします。
ただ患者さんは体のことについてそんなに細かい語彙を持たないこともあります。
それでも観察と論理的な推測によって補うことが可能です。
ツボという体の法則性が万人に共通するおかげで、言葉という相互理解のピースが少々欠けてもコミュニケーションが成り立ちます。
たいていの場合、仮説にもとづいて鍼をしてそれから演奏動作の前後比較をしてもらいます。
直前直後で良くなったか悪くなったかの二択ならだれでも答えやすいからです。
結果を踏まえてどちらに行きたいのかさらに方向をしぼることができます。
基本的に良し悪しの判断はあくまでも患者さんの領分であり、どのツボを使えばどう体が変化するか熟知していて、求められる方向に寄せることが鍼灸師の領分と考えています。
こう考えると楽器職人と鍼灸師、よく似た仕事ではないでしょうか。
つい先日サックス奏者の方と楽器の調整の話になり、ふとこんなことを思いました。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師