易経を学ばずに済んだはなし
「経穴は効くものではなく、効かすものである。」
昭和のお灸の名人、深谷伊三郎の言葉だそうです。
鍼灸学校に行ってたころはとにかく全部学んで全部レベルアップしなきゃいけないので考える余裕がありませんでした。
卒業してしばらくするとはたと思います。
「効かす」ってどういう意味だ、と。
誰もが効かせるつもりで鍼をします。
効かないときどうしたらよいか訊ねて「効かす」と言われたら教え方として体を成していません。
深谷伊三郎の意図はおそらく別のところにあります。
それを承知で、この一行だけ抜き出してよく使われるのであえて書いてみました。
効かせるための条件は案外多様です。
まずどの理論を使うか。
理論とは主訴とその人の状態を関係づけて施術の方針を立てるための考え方です。
古典的な理論にはこのようなものがあります。
臓腑弁証、経絡弁証、六経弁証、気血津液弁証、衛気栄血弁証、三焦弁証。
また現代医学的な解剖生理学に基づいて鍼をする場所を決める方法もあります。
次は選穴、ツボの選び方です。
同じ理論を使ったら使うツボは必ず同じ、ではないんですね。
同一理論、同一流派であっても導きだすツボの選択肢はある程度の幅があります。
その中でどれを選ぶかはわりと鍼灸師の自由にまかされていると言えます。
そして手技。
単純に鍼を刺入して終わりか、微妙に抜き刺ししたり回転させたりして刺激を加えるか、何分か鍼を刺したまま置いておくかといった違いがあります。
鍼をして主訴が取れなかった場合、主な要素だけでも 理論 × 選穴 × 手技 の組み合わせがあることになります。
効かせるためにはどこに境界があるのかと考えました。
影響力の大きい順に言ったらふつう 理論 > 選穴 > 手技 と考えると思います。
僕もそうでした。
でも理論を疑うのではなく自分が理論をよく理解できてないがゆえに解釈を間違えたと考えます。
古典的な理論はどれも古代中国の自然哲学である陰陽五行論に基づいてますから、行き着くところ『易経』を勉強するしかないとまで思っていました。
そんなとき、ある大家が「半年通院してもらって効果がなかったので証を変えてみた」と、話していたというのを聞いて(また聞き)その道に進むメリットを見い出せなくなり、やめました。
整動鍼の勉強に行ったのはそんなころだったと思います。
やってみたら整動鍼はとてもシンプルでした。
1.鍼をすると体には必ず任意の変化が起こる
2.正確なツボに鍼をすれば特定の変化を再現性をもって起こせる
3.施術では体の変化をまず確認し、次に主訴への影響を患者さんに確認する
4.主訴に変化なければ別の変化を起こすツボへと手を変える(以下、繰り返し)
主訴 ← 施術 ではなく、主訴 ← 体の変化 ← 施術 というのが目から鱗でした。
脈診だと施術中に何度も検脈するのが近いかも知れません。
それは見ていたしやってたけれども、どんな脈になればいいのかおぼろげにしかイメージがありませんでした。
それよりはるかに分かりやすい体の変化で、しかも早く起こるので1回の施術中に3つくらいシナリオを修正することも可能です。
とは言え万能ではなくて、特に 主訴 ← 体の変化 の関係性はある程度経験が必要かも知れません。
また正確なツボを取るのも練習が必要です。
それはありつつも体の変化までは確実に起こせるよう体系化されているので「効かす」ためになにかを修正する上でこれはプラスにはたらきました。
間に陰陽五行が入るとどうも逃げられますが、この場合は現象を逃がすことありませんから。
深谷伊三郎は江戸時代の灸法書『名家灸選』をよく研究したそうです。
その理由をこう書いています。
「この書が私にとって最も魅力のあったことは、編著者の試効という点にあった」
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師