二千年ぶりのシステム更新
なんとなくの印象ではありますが、整体には脊椎の調整を重視する流れが多いように思います。
ウィキペディアにも整体は「現在、俗に用いられる意味では、カイロプラクティック(脊椎指圧療法)に似た骨格の矯正(主に脊椎)を目的とした手技療法を指して使われることが多い。」(≫ ウィキペディア)とあるので、印象論としてはそんなに間違っていないでしょう。
整体に似たものとして挙げられているカイロプラクティックは19世紀末に米国で始められました。やはり脊椎を重視するスポンディロセラピー、オステオパシーも同時代に創始。また手技療法ではないものの同じように脊椎の動きを重視するアレクサンダー・テクニークが起こったのも同時期です。
現代医学が未発達な時代に米国、オーストラリアといった開拓地において別々に発展した治療法(アレクサンダー・テクニークは違うけど)が脊椎に重きを置いたことは、偶然ではないような気がします。
頼る人がおらず自分でなんとかしなければならない、高度な実験設備がなく素朴な経験則に頼らざるを得ない、このような環境下、道具がなくても簡便にできて一定の再現性をもって効果を示したのが脊椎の調整だったと考えます。
他方、鍼灸においてはあまり脊椎が重要視されているとは言えません。正経十二経は脊椎を通らず、脊椎に関係する督脈や衝脈は奇経扱いです。華佗夾脊というツボもありますがこれも奇穴です。
誤解のないように言うと督脈や夾脊が臨床で使われていないということではありません。むしろ逆で鍼灸師同士で話すと多用されている感すらあります。お灸をメインにするところでは督脈を使わない方が珍しいでしょうし、また僕ですら管楽器奏者の腱鞘炎をみていて胸椎の夾脊がよく効くことに免許取得後一年程度で気づきました。
ただそういう使い方は鍼灸の学校教育では一切教えられませんでしたし、古典的な鍼灸理論でも扱われていなかったと記憶しています。僕が違和感を持ったのはそこです。大した歴史のない米国の手技療法が真っ先に注目したのが脊椎だったこと。卒業後の一年生でもすぐ効果をあげられたのが脊椎のツボだったこと。この意味するところは下手でも使えるということです。初歩的だけどとても大事、それが鍼灸からはごそっと抜け落ちているかも知れないと思ったわけです。
そんなある時に出会ったのがこちらの図でした。奇経八脈についての講義を自分用にメモったノートで、①督脈、②任脈、③衝脈、④帯脈です。
特筆すべきは督脈と任脈が頭部で切り替わるところです。普通は口ですがここでは頭頂部の百会と説明されました。気功のある流派の人たちの考え方だそうです。
気功と武術には強い結びつきがあります。武術の動きを使って気功に使う例は数え切れません。地に足をつけてバランスを保ちながら体を動かす姿を思い浮かべれば百会を督脈と任脈の分かれ目とする発想にも納得がいきます。重力のあるところで体の動きを鍛錬するには、てっぺんである百会の意識が大事なのは当たり前だからです。衝脈に至ってはまんま脊椎ですから、脈に仮託して脊椎の動きを意識させたやに見えます。そういう背景事情から経脈を考えたらこうなるというのも理解できるのです。
逆に見えてくるのは、口を督脈と任脈の分かれ目と発想した背景事情です。これは消化器系ひいては内臓の調整を目的として人体を見ますよ、という立場表明のように見えます。実際に古典的鍼灸をやる人たちが得意とする疾患分野を思い浮かべればそんなに外れてはいないでしょう。
器用な人ならここで動きの調整は脊椎、内臓の調整は古典的選穴、と切り分けて運用できるのでしょう。でも僕は違うのでこれが気持ち悪くてしかたありません。道具や技法によって得意分野が異なるのはかまいませんが、同じ人体を見ているわけなので、観察して見えてるものは同じはずです。だから本来、脊椎調整の理論と内臓調整の理論はシームレスにつながっている必要があります。それが分かれば運用を切り分けてそれぞれに処理するような面倒な思いをせずに済むわけですがさてしかし、そんなものはあるのでしょうか?
最近になって整動鍼の背中のツボで両者がつながって見えるようになりじわじわと来ています。
整動鍼の場合、膀胱経の二行線までの間に6本の線があって初めのうち特効穴の寄せ集めのように使っていましたが、だんだんと行ごとの性格がグラデーションで見えてきました。すると骨格、動き、内臓の調整が一貫した理論の上に位置づけられてくるのですね。しかも背中のツボでできることと同じことが手足のツボからもアプローチ可能で「古典」的ですらあります。六十九難とは一致しなかったけど。
これ地味に本当にすごいことで二千年ぶりのシステム更新だと思うのですが、この気持ちをだれかとシェアしたい(けどなかなか分かってもらえない今日このごろ)。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師