すごい技術は量産器から生まれる
コントラバス専門の職人さんに駒を調整してもらいました。
もともと私の楽器には強烈なウルフがあって、A線を弾くときは弦を弓の圧で押さえつけなければならず、またE線のA♭やGあたりはどうがんばっても音が響きません。反対にG線はギラギラした音色で、移弦のたびに違う楽器のように音が変わるのが悩みの種でした。
百聞は一見に如かずなのでまずはYoutubeにあげた動画をご覧ください。
こんなにも変わるものかと驚きました。お願いして良かったです。もっと早くやればよかったと思いました。
完全には消えなかったもものA線のウルフはかなり弱まり、各弦の音色がそろってきたのが分かると思います。E線のA♭やGも鳴らしやすくなりました。
調整して初めて気がついたこともあります。
たとえば調整前は「ゴリッ」とか「ウガッ」という擦過音を経てあとから音が鳴り始めてます。この時間差は他の楽器と合わせる時には遅れになってしまいます。調整後は弦の鳴り出しが早くなり、このタイムラグが少なくなりました。
さらに動画にはありませんが、響きが増したために前の音をある程度のところで切っても次の音への移り変わりがスムーズです。以前は響きの部分を補うために無意識にぎりぎりまで伸ばして、かえってぎこちない弾き方になっていたようです。A線のD♭からD線のE♭への移行などの場面がとても楽になりました。
もちろん演奏者の技術でできることを増やしていくのが大前提です。しかし同じ楽器がここまで変わるのを見せられると、調整の技術もあなどれないと思いました。
職人さんとお話ししたところ、このような調整の技術は量産品を製造する中でつちかわれてきたとか。実のところ量産品を安定して作る方が逸品を単発で作るより難しいそうです。なぜなら材料にばらつきがあっても一定のクオリティに仕上げなければならないからです。
また単発の楽器でうまくいった方法はまぐれだった可能性があります。次もまた通用するか分かりません。多くの楽器で同じ方法を用いれば、その方法の有効性とともに限界まで知ることができます。管楽器だとヤマハの社内に凄腕のリペアマンがいる話を聞きますが、その秘密はこういうことなのでしょう。
この話を鍼灸業界に引き寄せて考えると、大手か個人開業かという話になります。私の場合は個人開業からスタートして今ははりきゅうルーム カポスでスタッフをしているので両方を知っていることになります。
個人開業時代の最大の悩みはまさに「まぐれだった可能性」をぬぐえないことでした。音楽家専門としてやっているのでどうしても数を出すには限界があります。そこはもう割り切って技術は「買う」ことにしていました。外部の研修や講習会で確立された手法を教えてもらうわけです。当然コストがかかります。サラリーマン時代の貯えがあったからできたことです。
今は3名のスタッフがいるはりきゅうルーム カポスで、音楽家専門メニューを担当しながら一般の患者さんもみています。施術する人数は比較にならないほど増えました。すると以前はまぐれで改善していたレベルが今は確信をもって改善できるレベルに変わっています。一人一人異なる患者さんの体に再現性をもって一定の効果を出せるようになるには、職人さんが言うように、ある程度の数が必要だと思いました。
難しい症状に対応するとしばしば注目を浴びますが、大事なのはそこまでにいたらない日常的に接する症状(肩こりなど)をどれだけ安定的に改善するかです。こういう症状は簡単だと思われがちですが、その簡単なものが確実に良くなるよう技術をみがくことで、たとえばフォーカル・ジストニアのようなもっと難しい症状を読み解く精度も上がります。
難しいのは大手は忙しいことです。自分の施術を検討し新しい視点を入れるべく考える時間がなかなか取れません。これについて職人さんは言いました。
「仕事は段取りですから。」
さすがです。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師