熟練奏者と初心者の左手比較研究
こんにちは!ハリ弟子です。
今日は、ヴァイオリンの熟練奏者と初心者で左手の押弦がどう違うか比較した論文を紹介します。
小幡哲史、木下博「バイオリン演奏時の左手指板力の計測と解析」
左手指板力とは「弦を指板に固定するための力」と定義されています。
これまで計測されたことがなく、指板にセンサーを埋め込んだ実験用ヴァイオリンを特別に作ったそうです。
参加者は熟練奏者15名に初心者8名の合計23名。
熟練奏者とは、ソロもしくはプロのオーケストラ奏者及び学部・大学院の演奏専攻科の学生かつ演奏歴14年以上の人で、平均年齢22.7歳。
初心者は、ヴァイオリンを習い始めて5年以内で、平均年齢21.0歳。
ほぼ同じくらいの年齢層でヴァイオリンの経験量が違う人たちを集めたというところです。
この人たちに実験用ヴァイオリンを使ってA線上のDを弾いてもらい、指板への力の加わり方を計測するというのが実験の内容です。
ゆっくりの運指と速い運指の違いを見るために、開放のAと押弦したDを交互にA~D~A~D~というぐあいにいろんなテンポで弾いてもらい、また、熟練奏者の一部には、筋電計をつけて筋肉の使い方も調べています。
結果、こんなことが分かりました。
- ゆっくりのテンポでは、熟練奏者は弦を押さえる瞬間に強い力の立ち上がりがあり、その後、少しゆるめた状態で押さえ続けるのに対し、初心者では最初の立ち上がりがなく、人によっては指を離す直前に力が強くなったりする。
- ゆっくりでも速いテンポでも、指板力の時系列グラフが、熟練奏者では毎回一定の形になるが、初心者はばらつきが大きい(グラフはリンク先の本文で見れます)。
- 熟練奏者の方が初心者よりも指板力が強い。
- 速いテンポでは指板力が小さくなるが、筋電図上の筋活動量は増加する(熟練奏者のみ計測)。
- 熟練奏者の間でも、指板力の強い人と弱い人で大きな開きがある(0.3kg~0.92kg)。
意外なのは3.で、初心者の方が力が入ってがちがちに押さえてしまうように思えます(力を抜いて、とはよくレッスンでも言われることですし)。
この研究では初心者の筋電図をとっていないので憶測ですが、筋肉に力が入っているわりに指板にそれが伝わっておらず、指板力が弱いという結果になっているかも知れません。
また、5.のとおり、熟練奏者の間でも指板力に3倍の開きがあり、押弦に必要な力に関してかなり大きな個人差があることが分かりました。
どのような音を出したいのかで指板力も影響を受けるでしょうから、必ずしも指板力が強い=無駄な力が入っているということではないのでしょうが、ケガしやすさとの関係は気になるところです。
実験では別に、力いっぱい押さえた時の指板力と音が出る最小の指板力も計測していて、それぞれ、1.94kg~3.06kg、0.09kgでした。
ヴァイオリンの場合ではありますが、音が出る最小の指板力が実際の演奏で使っている指板力よりかなり小さいということは興味深いところです。
いろいろな条件を整えて実測する作業は地味で苦労がともないますが、やりたい音楽のために合理的に体を動かすにはどうしたら良いか、さまざまなヒントを与えてくれるいい研究だと思います。
リンク先の本文では、ビブラートについても分析しているので、興味があったら是非クリックしてみてください。
なお、原文では力の単位はすべてN(ニュートン)ですが、分かりやすくするため、このブログではkg(キログラム:厳密にはkgfとすべきでしょうが、、、)に換算しました。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師
ブログ拝見いたしました。
ご紹介いただいた論文の著者の小幡です。
ご意見ありがとうございます。
熟練者の方が初心者よりも押さえる力が強かったという点についてのご意見はその通りだと思います。
要は余計なところに力が入っていて本来必要な力を伝えられないということです。
(熟練者は必要なところに必要なだけ力が加えられている)
1回1回の押弦力のばらつきも初心者の方が大きく、安定した力が毎回伝えられていないという結果でした。
現在はバイオリン演奏の研究からは離れておりますが、またいずれこのような演奏者研究を続けたいと思っております。
よろしくお願いします。
小幡様、コメントありがとうございます。
著者の方からコメントいただけるとは光栄です。
僕自身がコントラバスのレイトスターターで苦労していて、実際になにが起こっているのか調べる中でこの論文に行き当たりました。楽器側が受ける力と筋電の両方を計測したところが画期的だと思った記憶があります。
僕自身の演奏技術はまあ、相変わらずなのですが、鍼灸の施術やアレクサンダー・テクニークのレッスンでは貴論文の発見から得て役立てていることが多いです。あらためて感謝申し上げます。
今後ともよろしくお願いいたします。