コントラバス左手と背中の関係
(こちらの記事は、2016年11月まで運用していた旧bodytuneサイトのブログ記事を転載したものです)
前々回の記事で触れた「腕ごと後ろに引っ張る」、これについて今回は考えてみます。
コントラバスを始めたばかりの頃、押弦は背中から、と先生によく言われました。当時は、ネックを裏から親指で押し上げ、それ以外の指で指板の上から弦を押し下げる。つまり、手でネックごと弦を挟むようなやり方をしていました。ヒトの手の使い方として、普通、馴染みがあるのはつかむという動作ですから、押弦にもこれを応用していたのでしょう。もちろん、楽器の演奏にはこれは不向きで、このやり方のために親指が痛くて仕方なく、また、めいいっぱいの握力を使うので速い運指はまず無理。実際、よく指をつりました。
ただ、背中から引っ張ると一つ難点が出てきます。それは、左腕、左手は素早い運指や滑らかなシフティングのために体の前の方で自由に動ける必要があるのに、背中から引っ張ることで腕を後ろに引くかっこうになり、この自由な可動性を損ねてしまうことです。
図1(肩甲骨を脊柱方向に引っ張ることで腕が後ろに引かれ、つっぱったようになっている)
ヒントになるひらめきを得たのは、ボディチャンスで鍼灸の脈診の仕方を見てもらっていた時です。脈診とは、両手の中3本の指で相手の両手首を触れて脈を取り体調を診る方法です。鍼灸師はそのために相手に接近し、手を前に出す必要がありますが、指摘されたのは、手を前に出しつつ肩を後ろに引いている、ということでした(図1参照)。「肩」というのはより具体的には肩甲骨とそれに続く上腕骨で、どうやら、肘の関節を伸ばして前腕を前にアプローチしつつ、肩甲骨を脊柱の方向に引っ張っており、それに続く上腕が後ろに引かれていたようです(肩甲骨は肩甲上腕関節で上腕骨とつながっています)。肩甲骨を脊柱方向に引っ張る筋肉として考えられるのは、大・小菱形筋と僧帽筋です。これが働くのを抑制しながら、ただ腕を前にだすと実にシンプルで楽に腕が伸び、手はより自由に動かせます(図2参照)。また、背中の緊張が解けて楽になり、結果、左右の肩甲骨の間が広がります。
図2(肩甲骨が脊柱から離れることで腕が前に伸び、動きの自由度が増している)
その後、この経験をもとにコントラバス演奏時の肩甲骨の動きを探求してみました。前述のとおり、押弦は背中からと先生からは言われており、自分ではそれをやっているつもりだったのです。ただ、どうやら今までは大・小菱形筋と僧帽筋を緊張させることにより、肩甲骨ごと引っ張っていたようです。そのせいで腕が後ろに引かれ、自由な可動性を損ねていました。このことを裏書きするように、そういえば週末に楽器の練習をした後の方がその他のウィークデイより肩こりがひどいことに思い至りました(僧帽筋や菱形筋は肩こりを起こす典型的な筋群です)。そこで、今回は「大・小菱形筋と僧帽筋が楽なまま」と意識し続けながら演奏してみたら、狙いが的中。今までにない感覚で腕が前の方で自由に動かせ、肩も楽で、さらに嬉しいことに右腕の役割であるボーイングも楽でかつ自由に運ぶことができました。
(左:僧帽筋 右:大・小菱形筋 ウィキペディアより)
演奏が快適になったことに驚きつつも、僕は大・小菱形筋と僧帽筋以外で腕を後ろに引っ張ることが可能な筋肉とは一体何だろう?と考えてしまいました。肩甲骨を経由せずに上腕骨を直接体幹に引っ張ることが可能な筋肉という意味では、恐らく広背筋ではないかと考えられます。
(広背筋 ウィキペディアより)
広背筋は、脊柱の下半分、骨盤上部、肩甲骨から始まって、上腕骨に着く筋肉です。肩甲骨に着く部分もありますが、この場合は、肩甲骨〜上腕骨をつなぐ筋と、脊柱・骨盤上部〜上腕骨をつなぐ筋が並行に走っているだけで、肩甲骨自体をを脊柱方向に引っ張る作用には必ずしもなりません。実際、腕は前の方で自由に動けていい、と思って練習してから背中の左下の部分が筋肉痛になりました。先生に聞いてみても、長時間のステージをこなした後で疲れるのはやはりその辺りだとのこと。方向性として、間違ってはいないようです。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師
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