音楽家向けに特化したツボの取り方はあるのだろうか?
(前回から読む ≫ 名人は膏肓を神堂の位置に取ったと聞いて)
第1肋骨は胸椎1番だけに関節します。
これに対して他の肋骨は上下2つの椎体の間にはさまるように関節します。
第2肋骨は胸椎1番と2番の間、第3肋骨は胸椎2番と3番の間、、という具合に。
そのため胸椎の椎骨がそれぞれ別の動きをするとき、間にはさまっている肋骨はそれに合わせて適当に動く必要が生まれます。
逆に肋骨が動かない場合には、間にはさまっている肋骨の付け根のために胸椎はとても動きづらくなります。
この関係は第2~第10肋骨において共通です。
第1肋骨だけが胸椎1番のみと関節するので脊椎の動きへの関与度が下がります。
これが第1肋骨上に膀胱経2行線を設定しない理由でした。
実は第11、12肋骨もそれぞれ胸椎11番、12番と単独で関節するので構造上は第1肋骨と同じですが、こちらは広背筋との関係で腕を下方向に引っ張るように作用すると上腕骨ー肩甲骨ー鎖骨で上部肋骨をロックします。
このような形で間接的に脊椎に影響すると今のところ考えています。
臨床上はこの関係性をこんなふうにとらえられると考えています。
・胸椎が動けると肋骨はかなり動ける
・胸椎が動かなくても肋骨は動けるが、胸椎が動ければ肋骨はもっと楽に動ける
・しかし肋骨が動かないと胸椎はあまり動けない
唐突ながらここでアレクサンダー・テクニークのレッスンの1例を見てみます。
教えているのは僕の先生の先生である故マージョリー・バーストウ。
3:40あたりからヴァイオリン奏者へのハンズ・オンが始まります。
まず頭と首の辺りに触れて、3:50過ぎから肋骨に触れ直しています。
そして4:05過ぎに”instead of”と言いながら肋骨を落としてかためる動きを再現し、違いを認識させます。
上記の考えをもってこの動画を見ると意義深いものがあります。
上半身の姿勢バランスの制御に胸椎がその動きで役割を果たさないと肋骨を下に引っ張ることで体が倒れないよう維持しようとします。
すると肋骨がロックされてますます胸椎は動けなくなります。
するとさらに鎖骨・肩甲骨を下に引っ張ることで圧を高め、倒れないように安定をはかります。
これでは腕や手は自由に動かせないのでヴァイオリン演奏には不利です。
マージョリーは順を追ってそのロックを外すよう促しているように見えます。
鍼灸なら膀胱経2行線が肋骨のロックを外すときに使えます。
ただしこの場合の2行線は通常の取り方である椎骨棘突起間の高さを横に移動して肩甲骨内側縁を通る縦の線と交わるところではだめです。
ではどこなのでしょうか?
鍼灸学校の教科書にそのヒントが書かれていました。
教科書では経穴とその解剖学的構造がセットで説明されていますが、膀胱経2行線は附分(ふぶん)から胃倉(いそう)に至るまですべて腸肋筋またはその腱があることになっているのですね。
腸肋筋は脊柱起立筋の1つで脊椎と肩甲骨の間を縦に走り、肋骨の背面に付着します。
したがってこの筋肉に緊張があった場合はゆるめれば肋間の開閉の自由度が増し、脊椎も動かしやすくなると考えられます。
経穴にはいろいろな考え方があるのでこれが正解とは言いませんが、肋骨と胸椎を動けるようにする意図でアプローチするならこれが1つの解答でしょう。
肋骨と胸椎が動けるようになると呼吸が深くなります。
姿勢のバランス制御は胸椎で解決できる分が増し、その分肋骨が呼吸のために動けるようになるのでしょう。
また鎖骨・肩甲骨で下向きに圧をかける必要もなくなるので、腕や手も動かしやすくなります。
管楽器奏者のブレス、弦楽器奏者の体幹ひねりや腕・指の動きにも良さそうです。
音楽家向けの施術を考えるなら、膀胱経2行線はこのようにとらえることに分があるように思います。
さて肋骨のロックは背中だけではありません。
体の前面でかかるものもあります。
今度はそちらについて考えます。
2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師