腱鞘の解剖学(3)ー腱鞘炎のメカニズム
こんにちは!ハリ弟子です。
前回まで、腱鞘の基本的な構造、線維鞘と滑液鞘について書いてきました。
腱は滑液という潤滑油のような液体を含んだ滑液鞘にくるまれており、さらにその外側は丈夫な線維鞘が取り巻いていて骨に付着することで、腱が骨から浮き上がることなく指を円滑に動かすことができるというお話でした。
今日は、このような構造を理解したうえで、腱鞘炎(およびその進行形態としてのばね指)が起こるメカニズムを検討してみます。
腱鞘炎につながる要素をあげてみると、次のようなことが考えられます。
1.もともとの腱の太さと線維鞘の内径のバランス
2.滑液の状態
3.傷ができるスピードと傷が回復するスピードのバランス
4.その人の構造・デザインに適した動かし方をしているか
以下、1つずつ考えてみます。
1.もともとの腱の太さと線維鞘の内径のバランス
腱の太さに比べて線維鞘の内径がせまいと、腱または線維鞘あるいはその両方がちょっと腫れただけでも摩擦が大きくなって動きに支障が出ると想像できます。仮に腫れの程度がさほどでもないとすると、痛みもあまり出ないかも知れません。
自分の腱が太いかどうかふだんから意識している人はいないと思います。腱鞘炎になって病院で超音波画像などを見て初めて、腫れていて太くなっていると分かるくらいでしょう。なので、生まれつきのもともとの状態で腱の太さと線維鞘の内径のバランスがどうなっているか、医学的なデータは(ハリ弟子の知る限り)見たことがありません。
ですが、同じような体格で同じ曲を同じ量練習しても指を痛める人と痛めない人がいることの背景に、生まれつきの構造上の個人差で、そもそもの有利不利があると考えてもいいような気がします(もちろん体の使い方の問題もありますが、それについては4で触れます)。
もちろん、普通に日常生活を送るレベルではこんなことは問題にならないと思います。短時間に何万回も同じ動作をする音楽家ならではの極限状況で初めて有利不利が表に現れてくる、そんなレベルの話です。
ただし、もって生まれた体つきについては努力ではいかんともしがたいので、他のところでカバーして腱鞘炎になりにくいようにするしかありません(その方法については、今後、2~4で触れていきます)。
赤ちゃんや子供でばね指になるケースがあり(小児ばね指)、これなども痛みはありません。小児ばね指は、成長期における腱や線維鞘の形成過程による一過性のものと考えられており、一時的に腱が線維鞘より太く育ってしまったということですから、ほとんどのケースで成長とともに自然に消えていきます。
大人の場合、血中コレステロール値が高くなってしまう病気で、かつ腱にコレステロールが付着して太くなることで二次的に腱鞘炎になることもあるようです。
2.滑液の状態
滑液鞘(上の図の青色の部分)の内部には滑液と呼ばれる液体が入っています。滑液の成分は血漿(けっしょう)とムチン(ヒアルロン酸とたんぱく質の複合体)です。
滑液鞘には、血液から血漿成分だけをろ過して鞘内にしみ出させる部分があり、またある特別な細胞がムチンを産出することで、両方を合わせて滑液を作っています。
やけどの後に水ぶくれができると黄色っぽい液体が中にたまっていることがありますが、それが血漿です。血漿は腱に栄養を与えています。
ムチンは血漿の中に溶け込んでいて滑液の物理的性質を決めています。滑液の潤滑油としての機能はこれによっています。
ここではムチンの物理的性質について触れたいと思います。
ムチンは動かさないでいると粘り気が強く(流動性が低く)、動かすとそれに応じて粘り気が弱くさらさらに(流動性が高く)なります。つまり、動かし始めは少し抵抗を感じるのだけど、ある程度動かし続けていると抵抗感が消えてスムーズに動くようになるということです。
これはとても面白い性質で、流体の専門分野ではチキソトロピーというらしいです(ハリ弟子は高校で物理や化学をとっていないのでよく分かりませんが、、)。
この性質は温度にも影響されており、冷えると粘り気が強く(流動性が低く)、温まると粘り気が弱くさらさらに(流動性が高く)なります。一般に腱鞘炎は冬に多いと言われるのはこれが理由と思われます。
また、温度は滑液の分泌にも影響をあたえており、滑液は約38度でもっともよく分泌されると言われています。38度というと風邪をひいた時の体温を考えて、大変な高熱に思えますが、スポーツの世界では15分程度のジョギングで普通にそのくらいになることが知られています。だからスポーツ選手はケガ予防のために準備運動を欠かさないのですね。
演奏家がリハの前に時間をかけて走り込みするのは現実には無理だと思いますが、普段の生活に運動の習慣を取り入れておけば、体のコンディションが維持されてケガもしにくくなるでしょう。
冷たい手をしていて動かさないでいたところから、いきなり激しく動かすと滑液の潤滑油としての機能をうまく生かせません。特に冬場の寒い時期、体質的に冷えやすい、指を慣らす時間が十分に取れない、そうした中でリハの初めから速い激しい曲を弾かなければならない、といったことが腱鞘炎のリスクになると言えます。
楽器の練習の際は指を慣らす時間を充分にとる、全体リハなどで時間がない時はカイロなどで手を温めておく、ふだんからの運動を通じて冷えにくく動きやすい体作りを心がけておく、などで滑液の状態を良くしておけば腱鞘炎の予防にもなることでしょう。
長くなってしまったので、今日はここまでで。
次回は3.傷ができるスピードと傷が回復するスピードのバランスから始めます。
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2016年、東京都練馬区の江古田にて音楽家専門の鍼灸治療院を始める。
2021年、東京都品川区の鍼灸院「はりきゅうルーム カポス」に移籍。音楽家専門の鍼灸を開拓し続ける。
はり師|きゅう師|アレクサンダー・テクニーク教師
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