症例
症例35 ピアノを弾いていて右手がこわばる・指を開きにくい
女性 50代 2019年10月
症状:
1年ほど前からピアノ演奏時に右手全体がこわばった感じがある。特にアルペジオで指が開きにくくなり、スケールでは第4、第5指が巻き込む傾向が表れた。病院を受診したところ右手のフォーカル・ディストニアと診断された。
治療内容と考察:
施術前に実際にピアノを弾いてもらって動作を観察したところ、手首や鎖骨・肩甲骨と腰椎がもっと動ける余地があると感じられた。触診して調べると右の肩甲骨に強い張りがあり、腰に硬い筋張りがあることを確認。体幹側の動きの制約が末端の手首、指に影響していると推測した。
首や肩の筋肉をゆるめ手首を動きやすくするために腕や背中のツボを使用、また腰の動きにも関連して脚のツボに鍼をする施術を繰り返した。またアレクサンダー・テクニークの観点から、椅子の高さや位置を変えてみて(体全体の演奏姿勢を変えて)右手に変化があるかどうか試行した。実際の本番向きではないかも知れないが、椅子を後ろに引きかなり高くした時に手の違和感がもっとも減少した。
3診目、弾いているときに以前のいい感覚が戻るときがあるとフィードバックをいただく。身体的には肩甲骨の位置を後ろに引いておらず、演奏しながら呼吸できているといいが、思考面で自分へのダメ出しが始まると肩甲骨を後ろに引き込むなど症状が出るときの体の状態に引き戻される傾向があると自ら気がつかれていった。
思考と体の反応との関係性をよく自己観察しておられたので、あとは奏法面での探求を自ら続けていただくことでいったん施術終了とした。
使用した主なツボ:
T2(1.5)R、T6(4)R、合谷R、支正R、曲池R、飛揚L・R
症例34 楽器をかまえると顔が横を向いてしまう(痙性斜頸)
男性 50代 2019年10月
症状:
2年ほど前から楽器(トロンボーン)をかまえると顔が右を向くようになり、病院を受診して痙性斜頸と診断された。その後、日常動作でも症状が表れるようになり、歯ブラシやコップを口に近づけても顔が右を向く。症状の出方に波があり緊張気味の時などはなにもしていなくても顔が右を向こうとする。また、症状をおさえるべく逆方向に顔を向けるよう力を使うので首や肩が慢性的にこる。
治療内容と考察:
触診すると背中の右側にかたよって強い緊張が見られた(顔が右を向かないように力で左を向かせようとすることに関係すると思われる)。左手でマウスピースを口に近づける動作がもっとも症状が強く表れる。次いで右手、第三者の手の順に度合いが減るが右を向くことには変わりない。動きを細かく観察すると最初に頚椎伸展があって次いで右回旋が起こっている。
上を向いてしまう動きに対して関係する背中のツボに鍼をし、また右回旋の動きについても関係する手のツボに鍼をした。右を向く動きが消えはしないが少し弱まった。他、肩や腰部の緊張に対応したツボに鍼をして、首肩こりは久しくないくらいに楽になったとの感想を得る。
刺激が増えすぎないように鍼灸施術はここまでとした。次にマウスピースを完全に別の物体と思い込んでもらって口に近づけるワークをしてみる。目の前に転がっているものがマウスピースのかっこうをした銀色に輝くプラスチックのおもちゃだと繰り返し言い聞かせてから、手に取って口に近づけてもらった。この時はなにも起こらなかった。が再現しようとすると症状が出る。
痙性斜頸の症例は初めてであり治ったわけでもないが、場面状況やメンタルの状態に応じた体の緊張度の変化、楽器など物に対する思考の反応、思考に対する体の反応など様々な側面からなにが起こっているのか観察し、1つ1つひもといていく必要を感じた。
使用した主なツボ:
渝谷L、合谷L、T2(1.5)R、T3(1.5)R、志室R、築賓R、飛揚L
症例33 緊張やかみしめがありブレスが浅いのが悩みのフルート奏者
女性 50代 2019年10月
症状:
緊張やかみしめの癖があり呼吸が浅い自覚がある。楽器演奏以外にも会話で声がかすれたりむせたりする。首に手術による切開痕があって、首の前をしめつけられるような皮膚が張り付いているような感じがする。
治療内容と考察:
施術前にフルートを吹いてもらい、ブレス時の動作で、肋骨上部の動きにまだ使われていない可動性があると考えた。また声についても会話の中でややかすれ気味なところがあるのを確認した。
首まわりを触診して調べると後頭部直下の首の筋肉に強い筋張りが感じられた。また肩にも固いこりがあったので、それぞれに関係する背中と脚のツボに鍼をした。再度触診すると首と肩の張りは緩和された。首の後面がゆるんだことで今度は首の側面から前面にかけての張りが分かりやすくなり、さらに調整するために手のツボに鍼をした。
施術後にフルートを吹いてご本人に確認してもらうと、より息が入るようになり音の響きも増したとの感想を得る。また話し声も響くようになったことを自覚できた。
首肩のこりで呼吸のキャパを損するケースは意外と多いと思う。日常生活では呼吸が少々浅くても問題を感じることはあまりないが、管楽器奏者にとってはちょっとしたことがやりづらさにつながる。本例では緊張やかみしめの結果、首や肩が固く張っており、肋骨上部の動きを制約していたと考えた。
使用した主なツボ:
T1(1.5)R、T3(3)L、合谷L・R、曲池L、築賓R、飛揚L
症例32 オーボエ奏者の手首と手指の動きを微調整
男性 40代 2019年9月
症状:
体づくりのために定期的に運動トレーニングをされているオーボエ奏者の方。
2週間ほど前に左手首(特に橈側)が延ばされてパコという音がした。今は同じことをしても音はしないが痛みがある。また、負荷をかけて手首を屈曲させる際に右の方が可動域が小さいことが気になっていて、大事に至らないうちに調整しておきたい。
治療内容と考察:
痛みのある左手を調べると肘まわりに強い緊張が見られた。肘のツボに鍼をすると痛みは改善した。さらに背中のツボを使うと左薬指にかけてひびく感覚があり、また横隔膜が動き出す感じがした。
右手については、負荷のない状態で屈曲させても左と比べて右手首の方が明らかに可動域が小さかった。腕のツボに鍼をすると可動域は広がったが手首から前腕背側下部にかけてやや突っ張りを感じた。肘のツボにも鍼をしたところ突っ張り感も解消した。
施術後に再度心配な動きを試してもらい問題がないことを確認。左薬指の反応性が特に向上したとの感想を得た。
動きとツボの関係性を1つ1つていねいに確認しながらの施術をこころがけた。患者さんご本人の感覚が非常に繊細で逐一フィードバックを得ながら施術することができた。こちらも大変勉強になった症例。
使用した主なツボ:
曲池L、T3(1.5)L、支正R、肘髎R
症例31 右中指のばね指でピチカートで弾くと痛い(ジャズ・ベース奏者)
女性 20代 2019年8月
症状:
1年ほど前から右手の中指が断続的に痛む。悪化したり緩和したりを繰り返していたが、1週間前に長時間練習してかなり悪化してしまった。整骨院で中指屈曲側のばね指と言われる。
右中指MP関節が他動運動でも屈曲困難(伸展は可能)。曲げようとすると背中の右肩甲骨と脊椎の間がしびれる。
治療内容と考察:
右手を調べると手掌の中指屈筋腱の走行に沿って硬さがみられた。また右肩甲骨内縁から脊椎にかけても硬結がある。
まず手首の動きと関係する腕のツボに鍼をして、さらに背骨のツボで背中の緊張を解くことで肩甲骨の可動性改善を図った。
施術後に自力で右中指を屈曲してもらうと、若干まだ重いものの可動域はかなり改善した。また肩がふわふわした不思議な感じがするとの感想を得た。後日連絡をとって、その後悪化していないことを確認。
ばね指や腱鞘炎など指の問題と思われがちな症状でも、腕の構造の大元である鎖骨、肩甲骨、脊椎(特に胸椎)を動けるようにすることで解消するケースは多い。本症例もそのような考え方からツボを選んだ一例。
使用した主なツボ:
合谷R、支正R、肘髎R、T2(1.5)R、T4(1.5)R、肩外兪R
症例30 左手指に発症したフォーカル・ディストニア(ピアノ奏者)
女性 50代 2019年6月
症状:
10年ほど前から左手の中指を曲げると隣の薬指が伸びてしまうようになった。中指と薬指を同時に曲げようとすると、薬指の2つの指節間関節どちらかが曲がってどちらかが伸びたままで(いわゆる中折れの状態)固まってしまう。病院を受診してフォーカル・ディストニアの診断を受けた。
治療内容と考察:
実際にピアノで演奏動作を確認したところ、見た目からは分かりにくいが本人の感覚としては違和感があるとのことだった。手首や指の動きと関係するツボを触診すると背中に強い緊張が見られた。脊椎のツボに鍼をして再度ピアノを弾いてもらうと、本人の自覚する違和感がかなり減少した。合わせてアレクサンダー・テクニーク的観点から胸椎回旋の動きを練習するよう提案した。
違和感が筋緊張のパターンから生じることはよくある。ピアノ演奏と指の動きに支障を生じる筋緊張パターンがセットで起こるように体が学習していたとすれば、元になっている背中の緊張を鍼で解除することで指が動きやすくなったことのつじつまが合うと考えられる。
フォーカル・ディストニア自体は脳の疾患と考えられており、(もしそれが正しければ)動きの不具合につながる筋緊張を生じるような脳の活動にアプローチしなければならない。しかし同疾患の症状と見なされているものの中には、筋肉の状態を変化させることで一定程度改善するものが含まれているかも知れず、本症例も(長い経過のうちの少なくとも現時点では)その1つと考える。
使用した主なツボ:
玉陽L・R、C7夾脊L、T4夾脊R、T5夾脊R、天髎L
症例29 左手小指から始まった腕の痛みでレジスターキーが操作しづらい(クラリネット奏者)
女性 20代 2019年7月
症状:
音大クラリネット科の学生。
数日前に左手小指のキーがすべるようになった。その後、手首、肘、上腕へと痛みがひろがり腕全体が痛い。レジスターキーの操作もやりづらく練習に支障が出ている。
治療内容と考察:
左手の動きを確認すると、手首の屈伸と前腕の回内・回外の可動域が狭くなっていることが分かった。手首を屈曲した状態で特に痛みが誘発され、強いつっぱりにより手背をベッド面につけることができないくらいだった。
触診すると背中の肩甲間部に強い硬結を認めたため、胸椎の可動性を回復する施術をした。施術後は手首の可動性も回復し、痛みなく手背をベッド面につけられるようになった。
後日メールでやりとりしたところ腕の症状については問題になっていないことを確認した。
手指や腕は肩甲骨、鎖骨を介して体幹の骨格と接続している。胸椎の動きが悪くなると肩甲骨の可動性を損ない、結果として末端の手指の動作がやりづらくなるといった症状で表れる。このような場合、症状の出ている手や腕のツボを使っても改善は可能だが、多くの音楽家にとって手は繊細なコントロールをしたいところであり、そこに直接鍼をするのは抵抗がある。この例では手や腕には一切触れず、症状の大元となる胸椎にアプローチすることで解決ができた。
使用した主なツボ:
玉陽L、T1(1.5)R、T3(1.5)L、T5(1.5)L
症例28 お客さんへの挨拶で声が出づらくなる緊張性発声障害
女性 20代 2019年6月
症状:
2年前に接客のアルバイトをしていてお客さんへの挨拶の際に声が出なくなり、病院で検査した結果、緊張性発声障害の診断を受ける。ボトックス注射も試したがだんだんと元に戻ってしまい根本解決にはならないので今はやめている。
ふだんの会話では問題ないが今でも初対面などの緊張する場面で声のかすれ、喉の詰まりを感じる。最近、新しい仕事に就いてこれから対人業務が増えてくるので不安を解消するために来院。
治療内容と考察:
喉まわりを丁寧に触診したところ喉頭自体は位置や硬さなどの観点からの問題は見受けられなかった。代わりに側頚部の筋肉や項から左の肩甲間部に顕著な硬結と張りがあった。また肩の筋緊張と関係するふくらはぎのツボにも反応を確認。
施術時点で症状が強く表れていたわけではないが、ふだんの姿勢や筋緊張のパターンの中で発声関与筋の機能を損なうものを解除する方向で施術し、あわせてアレクサンダー・テクニークの観点から発声に関するアドバイスをすることとした。
側頚部の筋緊張をゆるめる手のツボ、項から肩にかけての緊張には膝から足にかけてのツボ、そして肋骨の可動性を促すツボを選択。施術後、声の出方が変わったとの感想を得た。
アレクサンダー・テクニークの観点からは、発声時に頭が向かうべき方向性を考えること、及び壁に反射してかえってくる自分の声を聞きながら話すことを提案。さらに声が響くようになったことを本人も自覚できた。
使用した主なツボ:
合谷R、玉陽L・R、T2夾脊L、T5夾脊R、天髎L・R、魄戸L・R、飛揚R
症例27 右手首の鈍痛と腱鞘炎、弓を落としそうで怖い(ヴィオラ奏者)
女性 40代 2019年2月
症状:
長時間弾き続けていると右手首橈側に鈍痛が生じ、力の加減が難しくて演奏中に弓を落としそうになる。特にff直後の弱音やドルチェ、ミュート外してすぐの先弓でのpの場面で弓を落としたくないので力が入って音がぎこちなくなりがち。弓を落とすのも音に出てしまうのもどちらも怖く、手汗が出て余計滑りやすくなる悪循環にはまってしまう。
整形外科を受診したところ右手指の腱鞘炎で薬指以外の全指で炎症があることが分かり、パラフィンによる温熱治療をしている。
さらにできることがあればと思って来院。
治療内容と考察:
触診したところ、右肩甲骨と脊椎の間に硬結を確認した。また、ふくらはぎの肩こりに関係するツボも顕著に硬くなっていた。
肩こりから肩甲骨及び鎖骨の可動性が損なわれ、腕の動きが制約されることで腱鞘炎や力のコントロール不調を生んでいると考え、肩甲骨と脊椎の可動性を回復し、肩こりに効果のあるツボを中心に施術することとした。
合わせてアレクサンダー・テクニークの観点から鎖骨・肩甲骨を前の方に運び、肘の屈曲・伸展を積極的に使って弓と弦が当たる角度など調節するよう提案したところ、先弓でも置きやすくなり手首や指も楽になった。
数か月後、別の症状で来院した際に、腱鞘炎も治り弓を落としそうになる症状も解決したことを確認。
使用した主なツボ:
C7夾脊R、T7夾脊R、魄戸L・R、膏肓R、膈兪L・R、飛揚L・R
症例26 箏の練習で右腕がだるく薬指と小指にしびれが出た
女性 30代 2018年7月
症状:
本番に向けて根を詰めて箏を練習していたら、1週間前から右腕にだるさと痛みを感じるようになった。時々、薬指と小指にしびれも生じる。ほか慢性的に首肩こりがある。
本番まであと2週間だが自分1人の独演会なので穴をあけるわけにもいかない。
以前にも鍼灸を受けてその時の症状が解消した経験があり効果を期待して来院。
治療内容と考察:
外見上及び触診した限りでは母指球の筋肉におとろえは認められなかった。しかし筋力的には明らかに右の方が弱いことが分かった(紙を母指ではさんで取られないように保持してもらい、術者が取ろうとするのに対してどの程度耐えられるか、その左右差を観察)。
また、右烏口突起周辺から上腕前面と肘にかけて顕著な硬結が認められ、右肩甲骨内縁も触診で硬結を確認、さらに左腰部に硬い筋張りがあった。
以上から、練習強度が急に上がったことで、演奏姿勢とも関係して尺骨神経になんらかの影響が出たと推測した。
姿勢からきたと思われる筋肉のコリを解消し、同時に神経の回復を促す施術を選択。
腕と肩甲骨、脊椎のツボ、及び前腕の尺骨神経に走行に沿ってパルスをかけた。
2診目(10日後)には右腕の状態はかなり回復していて、本番も無事に出られそうなことが分かったのでそこで施術終了とした。
使用した主なツボ:
雲門R、臂臑R、曲池R、T1夾脊R、T5夾脊R、天髎、膏肓、腎兪、神門R(パルス)
症例25 舞台衣装制作者の右肩から腕にかけての痛み
女性 50代 2018年5月
症状:
舞台衣装、小道具などの制作を仕事にしている。多くて1日10時間ほど縫製作業があり、しかも革などの固い素材を扱うため腕を酷使する(加えて現場への搬出入など重いものを持ち運びしなければならない)。
作業が続く中、1か月前から右の肩と腕に慢性的な痛みを感じるようになった。右上腕の肩関節から肘にかけての前面と後面、右肩甲骨の後面に特に痛みを感じる。
治療内容と考察:
右の上腕二頭筋、円回内筋に非常に強い硬結を触知した。結髪動作では特に異常ないが、結帯動作をしてもらうと肩関節前面に痛み、肩関節の水平外転で上腕前面から肘にかけてと上腕後面から肩甲骨後面にかけて痛みを誘発した。右肩が常に上がった状態にあり、腰部にも強い張りがあった。
作業で酷使されている筋肉の緊張をまずはゆるめると同時に腕の緊張に反応して固くなっている脊椎の動きを改善する方針で施術した。
上腕から肘にかけてと脊椎そして腰部のツボを使い、週1回、2回の施術で症状が寛解したので施術終了とした。
使用した主なツボ:
侠白R、曲沢R、手三里R、大椎、T4夾脊、T7夾脊、腎兪
症例24 斜め腰かけで右の腰からお尻にかけて痛み(バス・クラリネット奏者)
女性 50代 2019年5月
症状:
主にバス・クラリネットを演奏する愛好家の方。1か月前から右側の腰からお尻にかけて痛みを感じるようになった。仕事で使っているパソコンの画面がレイアウトの関係で自分の正面になく、左右どちらかに置かれている。そのため椅子に斜めに腰掛けたり体をひねり気味にして長時間入力することがある。
また首から肩甲骨にかけてずっと慢性的な固さを感じている。
治療内容と考察:
背中を触診すると胸椎辺縁に顕著に硬結が認められた。またあおむけで膝を伸ばしたまま股関節から脚を上げてもらうと右の方が上がりづらく痛みがあった。
座骨神経痛を視野に入れつつもそれはむしろ二次的な症状であって、胸椎の動きを回復することがより根本の原因解決ととらえて施術を組み立てた。
脊椎の中でひねる動き(回旋)は頚椎と胸椎が主に担当しており、腰椎はこの動きは得意ではない。しかし首から肩甲骨にかけての慢性的な固さにより胸椎でのひねりが足りない分、本来不得意な動きを腰椎部分が頑張って対応した結果、症状としては座骨神経痛気味の腰痛としてあらわれたと考えた。
手と背中のツボで胸椎の動きを、ふくらはぎと臀部のツボで腰痛に対応し、腰痛は消失。
しかし、仙骨上部両側に痛みが移動したため、これはアレクサンダー・テクニークによる股関節の可動性促進で解決した。
使用した主なツボ:
後渓R、精霊R、T1夾脊L、T4夾脊R、L5夾脊L・R、飛揚L・R、環跳R
症例23 首肩から背中のこりと右薬指の不調(オーボエ奏者)
女性 30代 2019年1月
症状:
プロのオーボエ奏者の方。1年ほど前から右手薬指がからむ運指がやりづらくなり、薬指が上がらずにミストーンになることもある。
また首肩から背中にかけて慢性的にひどいこりがあり、現在は治っているが小児喘息をやったことがある。
治療内容と考察:
オーボエを構えて実際に右薬指がからむ音形を演奏してもらうと、確かに薬指だけが伸展した状態で動かしにくそうになっていた。腕の構造全体の中で末端の指が動かしにくい時は、指より体幹側の手首、肘、肩、肩甲骨そして胸椎がどう動くと良いか考えると解決につながることが多い。
そこで肘、肩甲骨、脊椎及び脊椎の動きと関係する足のツボを使って調整。
施術後、首肩から背中の慢性的なこりが軽くなり、再度演奏してもらうと薬指がより上がるようになった。鍼をする前は肩を回すとゴリゴリとしていたのがなくなりかなり楽になったとの感想をいただく。
続けてアレクサンダー・テクニークを使って前腕の回内・回外の動きでさらに微妙な手首の角度調整を行った。
3か月ほど継続して来院いただき、4回目でほぼ気にならないレベルまで動きが良くなったので終了とした。
指の不調はすべて首肩こりから来ている、あるいは首肩こりがあると必ず指の不調を招くというほど単純ではないが、本来動けるところを固めたままやり続けることで高い巧緻性を要する動作ほどやりづらくなる。一般的日常動作ではそこまでの巧緻性が要求されず単なる首肩こりで済むものが、演奏家の場合には演奏できるかできないかといった白黒つきやすい形で症状があらわれるように思う。
使用した主なツボ:
C7夾脊L、T5夾脊L、陽池L・R、肩外兪L・R、申脈L・R
症例22 ホルン奏者のふるえ
男性 40代 2019年1月
症状:
愛好家のホルン奏者の方。
学生時代から音域によってふるえる傾向があったが、数年前から気になり始め、ウォームアップや長い休みの後の弱音で症状が顕著になった。ふるえるのは首やあごで、ふるえないように力で抑えると首の後ろがかたくなり、肩周りの緊張や慢性的コリにつながっている。
治療内容と考察:
演奏を聴いてみると音自体はふるえていない。しかし、表情筋の使われ方を見るともっと働いても良さそうな筋肉があるように見受けられた(ただしアンブシュアを作る表情筋のバランスは個人差が大きいのでこの時点では必ずしも確証なし)。
施術は表情筋の動きを促すことと首や肩周りの緊張、コリに対処することとした。
施術後、再度演奏してもらうと明らかにふるえは軽減し、本人からも「コントロールが効く感じになった。」との感想を得た。
「ふるえ」が楽器演奏などの特定シーンでのみ起こる場合は、働くべきところが適切に働いていないこととそれを補うために働くべきでないところが過剰に働いていることがよく見られる(必ずしもこうでないケースもまた多いが)。
この時は表情筋の代わりを首やあごがしていて、それがふるえとなって表れていると考え、表情筋に低周波パルス(鍼を通じて微弱な電流を筋肉に流す方法)をかけた。電気刺激を与えることで神経の反応性に働きかけるのが目的である。「コントロールが効く感じ」というのは表情筋がより働きやすくなったことを示唆していると考えられ、これにより首やあごで補う必要がなくなり、ふるえが軽減したと考える。
しかし本来働くべきところやそれを補う動きは一概にどちらがどちらと特定するのが難しいので、ケースバイケースで慎重に見極める必要がある。
使用した主なツボ:
地倉L・R、下関L・R、T3夾脊L、T5夾脊L、肩外兪L・R、陽陵泉L
症例21 トロンボーンを持ち上げる時の腕の痛みを解消したら息もしやすくなった
男性 50代 2019年5月
症状:
トロンボーン演奏を職業にしている男性。
健康管理のためにジム通いしていたが4か月前にダンベルで右腕に痛みを生じた。その後、動かすと痛いのでジム通いを休んでいる。
前腕回外してひねると、前腕前面の上半分と肩の後面が痛む。この動作はちょうどトロンボーンを吹くために持ち上げる時と同じで、仕事で楽器を吹く際もいつも気になっている。
また喘息の既往あり。
治療内容と考察:
喘息の既往があることから上部胸椎を触診すると何か所か硬結が認められた。
頚椎から胸椎にかけての動き、首から肩へとつながる筋肉の張りをみて、それらの動きを改善するツボを使用。右の項強に鍼をした直後に前腕にあった痛みが上腕に移動、拡散したので、他のツボも使いつつ残った痛みに対応。
施術後、やや重だるさは残ったものの痛みは軽減。後日「あの後、吹いた時は息がとてもしやすかった。」とメッセージをいただく。
喘息の経験者は咳発作の動作から上部胸椎にその名残が残ってしまう方が多い。上部胸椎は肩甲骨を介して腕の動きと密接な関係があるため、胸椎が動かないことで腕に必要以上の負担をかけてしまうことがある。胸椎は肺を納める胸郭の一部でもあるので、当然、肋骨などの動きも改善し呼吸がしやすいという副産物的効果も得られたと考える。
使用した主なツボ:
項強R、肘髎R、臂臑R、T1夾脊L、T3夾脊R
症例20 腕立てがきっかけになった肩関節痛(チューバ奏者)
男性 20代 2019年2月
症状:
仕事でチューバとスーザフォンを演奏している。
体力づくりのために筋トレしていて1週間前に腕立てで腕を伸ばした際に右肩をいためた。
もともと慢性的首肩こりがありかなりひどい自覚がある。また、このところスーザフォンを吹く機会が多く、楽器を肩に載せる関係で左肩がガチガチに固まり、何もしていない時も左肩が上がっていることに気づく。
喘息の既往あり。
治療内容と考察:
触診をして痛いのは右肩の巨骨(ここつ)というツボのあたりと確認。
また喘息の既往があることから上部胸椎に沿って触れてみると脊椎近辺の筋肉に顕著に硬さを認めた。
右肩に炎症が起こっているとして、炎症そのものを鍼灸で即座におさめることはできないが、腕の動きと関連する肩以外の関節の動きを現状より改善することで症状を小さくすることは可能と考え、主に側頚部の動き、上部胸椎、肩甲骨の可動性に関わるツボを選んで施術した。
2週間後に別症状で来院した時に症状が寛解したことを確認。
使用した主なツボ:
合谷R、大椎、身柱、神道、L3夾脊
症例19 突発性難聴の後に残った耳鳴り(クラリネット奏者)
男性 40代 2018年4月
症状:
趣味でクラリネットを演奏する愛好家。
2か月前に左耳突発性難聴を発症して耳鼻科で治療している。聴力自体は回復してきているが、聞こえ方に違和感が残っている。
違和感は、膜が張ったような感じがしてドレミでいう「シ」の音程でシャーという音がずっと聞こえている状況。「シ」の音程で自分が口笛を吹いたり周囲が騒がしいと左耳がわんわんと反響する。アマオケの合奏練習では左側からの音が聞こえづらく合わせるのが難しい。また日常生活では高い音が聞こえづらい。
プレドニン、イソソルビド、アデホスを服用している。
治療内容と考察:
触診すると左手小指の付け根と手の甲にあるツボに顕著な硬さが認められた。また左耳の後ろにグミのような硬さのふくらみを触れた。小指の付け根のツボに鍼をしたところ、左耳がスッと晴れた感じがしたとの感想。同時に左耳後ろのふくらみがやわらいだ。
その他、全身に緊張気味で脊椎の両脇や足の両側面がかたく張ったようになっていたので背中や足のツボを使ってバランスをとった。
回を重ねるにつれて左耳に膜が張ったような感じはうすらいでいき、わんわんと反響することもなくなっていった。5回目の時にアマオケの合奏練習で聞こえ方がかなりクリアになったことが確認できたのでそこで終了とした。
使用した主なツボ:
後渓L、中渚L、翳風L、C7夾脊L、T4夾脊L、陽陵泉L・R、飛揚L・R
症例18 緊張時の背中の張りと右肩のしびれ(トランペット奏者)
男性 20代 2019年4月
症状:
フリーランスのトランペット奏者。
緊張すると腰が反って背中が張り疲れる(ただし腰痛には至らない)。その状態で吹き続けることでブレスや音にも影響が出ると考えており改善したい。
また右肩に時折しびれが出る。
治療内容と考察:
実際に楽器を吹いてもらったところ、腰が反り気味で胸郭を後ろに倒し肩甲骨を後ろに引き気味にしていた。
肩甲骨が後ろに引かれると鎖骨と上部肋骨の間がせばまり、腕に行く神経を圧迫しやすい。
背中、特に腰部の緊張を取り、胸椎と肩甲骨の動きをうながすツボを中心に施術してからあらためて吹いてもらうと呼吸がスムーズになったとの感想を得た。
あわせて、アレクサンダー・テクニークのアドバイスで腰部を意図的に屈曲し本人の感覚的には猫背に思えるくらいの姿勢をうながしたら腕がさらに楽になり、肋骨が活発に動き出したことが自覚できた。
体は全身がつながりながら動いている。今回のケースでは腰が反ることと呼吸や右肩のしびれをひとつながりの問題として捉えることができた。鍼灸とアレクサンダー・テクニークを合わせることで背中の張りを解消し、腕が自由に動かせて、呼吸も楽になることにつながった。
使用した主なツボ:
合谷R、尺沢R、T3夾脊L、筋縮、大腸兪L・R、合陽L、飛揚L・R
症例17 本番の緊張からきた腰痛(トランペット奏者)
男性 20代 2019年4月
症状:
音大卒業してフリーランスで活動するトランペット奏者の方。
数か月前に急きょプロオーケストラの本番にエキストラで入った。数日で準備してGP、本番に対応しなければならず極度の緊張から腰が痛くなった。
その後も楽器を構えて吹いていると腰が重くなる感じがある。
演奏時に反り腰になる癖を自覚していて、腰だけでなく背中にも違和感を感じる。
治療内容と考察:
背中の違和感は呼吸と密接にかかわる。トランペット奏者への施術という意味で呼吸まで見据えた組み立てを考えた。
なぜなら腰が痛むとそれより上の脊椎の動きが制限されて、背中の違和感につながることが多いからである。逆に首や腕や肩から背中の違和感を生じている可能性もあり施術の中でこの線も確認するようにした。
まず腰痛について、触診すると腰痛と関係の深いふくらはぎのツボに反応が見られた。さらに首の動きにも若干の制限を認めたのでこれを改善する手のツボに鍼をし、最終的に脊椎のツボをつかって背中の違和感の現場にも対応した。
施術後、腰の重い感じが消え、声が出しやすくなったとの感想を得た。
呼吸が改善すると声が変わるので、楽器がなくても便宜的に確認ができる。
使用した主なツボ:
合谷、T3夾脊L、T5夾脊L、飛揚L・R
症例16 ヴァイオリニストの手の腱鞘炎
女性 30代 2019年4月
症状:
プロとして活動するヴァイオリニストの方。
数年前から左右ともに手首と指が痛むようになり、ヴァイオリンを弾くと症状が悪化するので練習時間をセーブしている。
病院では腱鞘炎・関節炎と診断され、耐えられない時は注射で緩和したりセレコックス(消炎・鎮痛剤)を服用して対処している。
他に痛みを感じるほどの首肩こり、腰痛がある。
治療内容と考察:
頚椎を含めて脊椎の近接部位に痛みがあり、触診すると傍脊柱筋の緊張度が高いように見受けられた。また上腕二頭筋や前腕の屈筋、伸筋群も強い張りが認められた。
全身にテンションを少しゆるめるようなツボの選択をするが、手首や指との関連では特に肩甲骨と胸椎のツボを使うこととした。
施術後、首の痛みが消えて上を見上げる動作が楽にできるようになった(術前は痛みで困難だったとの話)。
また手首の痛みも消失。ただし、肩甲間部の痛みが少し残ったのと前腕部が重だるい感じになり今後の課題となった。
使用した主なツボ:
尺沢R、孔最R、C5夾脊L・R、T3夾脊L、T5夾脊L、天髎L・R、膏肓L・R、委中R、飛揚L・R
症例15 歌手の声枯れに臂臑(ひじゅ)のツボに灸
女性 20代 2019年5月
症状:
J-POPやロックを中心に活動中の歌手の方。
連日ライブ活動で喉を酷使したせいか3日くらい前から地声と裏声が切り替わる音域で声がかすれる。特に裏声が出しづらく音程を当てるのが困難。数年前に声帯結節の既往あり。また花粉症のため夜寝る時に口呼吸になっていることがある。
翌日にも仕事で歌うためできる限り状態を良くしておきたいので来院。
治療内容と考察:
喉まわりを触診したところ若干の熱感があり、胸鎖乳突筋、舌骨や喉頭とつながる筋肉に緊張を認めた。また後頚部にも緊張があった。熱感を生んでいるであろう炎症はすぐには変化させられないが、喉まわりの筋肉の緊張を解除できれば声の出しやすさが変わる可能性があり、治癒の促進にもつながると考えた。また胸椎のツボにも硬結があり肋骨の動きに制約を生じていて呼吸をさまたげていると推測。声帯をどれだけ閉めても息の流れがなければ声は出ない。現在の声帯の状態に合った息を供給できるよう胸郭の動きの自由度が必要と考えた。
謡人結節で有名な肩のツボと喉まわりをゆるめる手のツボ、肋骨の動きを改善する脊椎のツボを中心に施術。
施術後「声が出しやすい」との本人の感想を得た。少し話してもらって声のかすれ度合いが減ったことを確認。
またアレクサンダー・テクニークのハンズ・オンで頚椎の上で頭蓋骨がバランスよく載っていて、頭の重さを支えるために過度に喉まわりの筋肉を使わなくても良い状態を確認。歌のない合間に少しでも喉の負担を軽くできるようアレクサンダー・テクニークを1人でできるエクササイズを伝えた。
使用した主なツボ:
臂臑L・R(灸)、合谷R、後渓L・R、C7夾脊L、T4夾脊L、T7夾脊R、膈兪R
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症例14 オーボエ奏者の指のしびれ
女性 20代 2018年7月
症状:
音大で専門的に学ぶオーボエ奏者の方。2週間ほど前から右手がしびれ、数日前からは左手もしびれ始めたことから危機感をもって来院。整形外科も受診していて服薬治療中。右手がしびれ始めた時期はコンクールの準備で根を詰めて練習していた。
他に頭痛、肩こり、目のかすみ、たまに腰痛(左)がある。
治療内容と考察:
アレンテストで右橈骨動脈の拍動消失、また右母指内転筋力が左に比べて顕著に弱い。また座位での腰部傍脊柱筋の張りが左が強く右はほぼ弛緩状態。脊柱側弯症の既往はない。
胸郭出口症候群や尺骨神経の問題も視野に入れつつ、右手前腕と脊椎、肩甲骨まわりのツボを使って、鎖骨・肩甲骨の可動性改善と左右の脊柱起立筋をバランスを取ることとした。
施術直後は右手のしびれは消失し左手は若干残存。1か月後に別の症状で来院した際に左右ともにしびれが消失したことを確認した。
使用した主なツボ:
霊道R、四瀆R、天髎R、C7夾脊R、腎兪
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症例13 フルート奏者の左親指の動きを改善
女性 40代 2018年11月
症状:
アマチュアでフルートを演奏していて、左手親指が動かしづらく特にトリルで指が固まって動けなくなる。左手親指は他にも開きにくいなどの症状があり、テレビのリモコンやスマホの操作がやりづらい。
痛みやしびれもあり、病院で頚椎ヘルニア、手首TFCCの診断を受けている。右手も痛みやしびれがあるが、動かしにくくて困るのは主に左手。痛みは右肘が特に顕著。
また呼吸時に左肩甲骨下あたりが痛む。
治療内容と考察:
試みにリモコンを左手で持って操作してもらうと、親指の第1関節が伸展、第3関節が動かないまま第2関節だけを動かしていた。他動的にそれぞれの関節を動かしてみると特に痛みなどはなく可動性にも問題は見られなかった。フルートの演奏でもその指の形は変わらず、トリルができない状態だった。
全身の動きに目を向けると特に鎖骨・肩甲骨が動いておらず、腕の動きとの協調をもっとよくする余地があるように見えたので、座位のまま左肩甲骨付近のツボに鍼をしたところ、直後から左手がぼうっと温かくなったとの感想。
再度フルートを吹いてもらうと、さっきできなかったトリルが問題なくできるようになった(ただし長く続けると少し動きが固まってくる感触あり)。親指の第1関節と第3関節も動きに参加し始めているのが見て取れた。
観察を踏まえて、鎖骨・肩甲骨を含めた上肢帯全体の動きを改善し、また全身にやや緊張気味だったのでテンションを落とす方向でのツボを選び、施術した。
施術後、左手親指の動きが改善し、右肘の痛みは肘下前腕の半分くらいまで感じていた痛みが肘までに後退した。
使用した主なツボ:
天髎L、膈兪L、肩中兪R、厥陰兪R、身柱、神道
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症例12 Tuba奏者のアンブシュア不調
症状:
1年ほど前に慣れない楽器(人から借りたもの)を使って周囲が大音量の中、自分も無理して大きな音を出さなければならない現場があって以来、唇まわりに違和感を生じるようになった。具体的には第4倍音(B♭)から第6倍音(F)あたりのやや高めの音域で音が安定しない。それよりも低い音域と高い音域では特に問題を感じていない。
治療内容と考察:
演奏を見ると特に問題の音域で頬がピクピクとふるえてしまっていた。ふるえが起こるエリアはちょうど口角を引き上げる作用の筋肉があるところだった。触診すると頬骨の下あたりの筋肉がかなり固く硬結を認めた。
演奏に必要な表情筋の作用がうまく働いていないと考えて、該当の表情筋をゆるめ、かつ反応性を高めれば良いと考えた。
施術後、再度吹いてもらうとアンブシュアが安定し「だいぶいい」との感想を得た。
調子を取り戻すための練習方法として、金管楽器の演奏に必要な要素(アンブシュア、表情筋、息:吐く筋肉と吸う筋肉のバランス)をおさらいし、それぞれ1つずつ変化させながら音との関係性を再構築することを提案した。特に息については楽器を吹くために吐くことしか考えていなかったとのことだったので、いわゆる呼気時の吸気的傾向(息を吐きながら吸うための筋肉も働かせ続ける奏法)のやり方を具体的におさらいした。
使用した主なツボ:
四白L・R、大迎L・R
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症例11 ピアニストの腱鞘炎
症状:
左手に負担がかかるプログラムの準備をしていて、左の指が動かしづらくなってきた。
特に、親指が内転したまま開けなくなることがたまに起こるようになった。
整形外科では腱鞘炎と診断され、薬も処方されたが、早く改善したいので来院した。
治療内容と考察:
左肩に著明な硬結があり、左腰部にも強い張りがあった。
また、前腕の伸筋も強く張っている。
左手にかたよった使い方をしていたために、全身の筋トーンがバランスを崩してしまった状態と考えられた。
筋肉はある一定の限度を超えて使うと、疲労がたまってそれ以上動かせなくなる。
筋トーンのバランスがかたよった状態でさらに左手を使い続けると、通常以上に早く疲労し、ある一定の限度も早く訪れる。
今回は、それが左の親指に表れたものと想定した。
まず、全身の代謝をよくするために、伝統的な鍼灸の証にしたがってツボを使った。
次に、アレクサンダー・テクニークのテーブル・ワーク的な手技を用いて、全身の筋トーンのバランスを調整した。
施術後に、実際のピアノの動きを模して5分ほど左手を動かしてもらったが、親指が内転したまま開けなくなる症状は現れなくなった。
弾きながら、筋トーンのバランスの崩れに気づいてうまく散らせられるようになると、もっと長時間の演奏にも耐えられ、故障しにくくなると思われる。
使用した主なツボ:
中脘、天枢、関元、肝兪、腎兪、曲池
症例10 マッサージ師の腰痛
症状:
毎日、仕事で長時間マッサージをしている。
最近は疲労がたまりやすく、以前からもっている腰痛や肩こりが取れなくなってきた。
治療内容と考察:
腰の筋肉が強く張っていて、足の内くるぶしの前下あたりも硬く張っていた。
疲れがたまっていることから、全身の代謝をよくして疲労物質も早く抜けるよう、伝統的な鍼灸の証にしたがうツボを使った。
あわせて、特に足について、アレクサンダー・テクニークのテーブル・ワーク的な手技を用いて、関節のところの力みが抜けるように動かしてリラックスしてもらった。
腰痛の原因は、足から来ていることが多い。
多くは、足の筋肉の力みが取れないままに歩いたりすることで、上半身が無理な体勢となり、腰痛となって表れる。
施術中に眠りに落ちてしまうくらいリラックスして、足の力も抜けた。
もともと少しきつめであった腰椎の前弯が、施術後はやわらいで、腰痛も軽くなった。
使用した主なツボ:
復溜、尺沢、太渓、肺兪、腎兪、Th1夾脊
症例9 左薬指・小指の急性のしびれ
症状:
前日に、床に拡げた紙に書く作業を3時間ほどしていた。
長時間、左手で体を支えて下向きの姿勢でいたせいか、左薬指と小指にしびれが出た。
もともと慢性的に肩こりがある。
治療内容と考察:
首から肩背部、腰部にかけて強い張りがあり、また、膝から下の外側面も強く張っていた。
長時間下向きの姿勢で作業したことで、頚椎から胸椎にかけてこり固まってしまい、この固めがあるために腕の力が抜け切らない状態になっていると考えられた。
まず、肩周りから腕にかけての力みを抜くために、アレクサンダー・テクニークのテーブル・ワーク的な手技を行う。
それでも取れない首から肩背部のコリについて、頚椎から胸椎にかけての動きを良くすることで改善できると考えて、対応するツボにアプローチした。
結果として、左手のしびれも消失した。
使用した主なツボ:
C7夾脊
症例8 ヴィオラ奏者の左肩の頑固なコリ
症状:
ずっと以前から演奏にともなう首・肩のコリや痛みには悩まされていた。
整体やマッサージでも取り切れないことがあり、今回は鍼灸を試してみようと思い来院。
治療内容と考察:
肘から親指にかけて、また、首から肩背部、腰部にかけて強い張りがある。
特に左の肩甲骨の上と腰に著明な硬結があった。
ヴァイオリンやヴィオラでは、楽器を支えるために胸椎を固定して腕を動かすことが多く、そのために首や肩など他の部位に負担がかかる。
まず、脊椎の回旋の可動性を回復し、次に、それでも残っている局所の硬結にアプローチした。
使用した主なツボ:
大椎、Th5夾脊、腎兪(L)、肩井(L)
症例7 逆子の治療
症状:
妊娠31週目。
10日ほど前の検診で逆子が分かり、医師から鍼灸を勧められて来院。
治療内容と考察:
肘から肩にかけての動きにやや固さがあり、足先に冷えがあった。
胴体上部にかけての筋・筋膜系の緊張が腹部に反映し、子宮内で赤ちゃんが動きづらい状況を作ってしまっていると考えられた。
まず、アレクサンダー・テクニークのテーブル・ワーク的な手技を用いて腕から肩にかけての力みを抜き、リラックスしてもらった。
次に、冷えのある足元に血流を呼ぶために至陰、三陰交に灸を、太衝には鍼をした。
結果として、腸骨動脈の血流配分、大腰筋などの緊張度が調整されて、子宮内のテンションが下がり、赤ちゃんが動きやすい環境ができれば逆子は直るとの考え方である。
治療中、お腹の中でぐりんと動いたとの感覚があったとのこと。
治療から1週間後の産科検診でエコーをとったところ、逆子が直っていたことが確認できた。
使用した主なツボ:
至陰、三陰交、太衝
症例6 マウス・クリックによる首・肩の痛み
症状:
仕事柄、パソコン作業が多い。
2台のモニターを見ながら、1日中マウスでクリック動作を繰り返していて、斜めの姿勢になることから首から肩にかけて慢性的にコリや痛みがある。
ひどい時は、左側の腰にも痛みが出て、いすから立ち上がると左ももの裏にしびれが走ってしばらく動けない。
治療内容と考察:
首から肩、腰部にかけて非常に強い張りがあり、上腕二頭筋も硬さが抜けない状態にあった。
また、臀部に圧痛があり、もも裏も張っていて、硬いコリがある。
もともと学生時代からスポーツをしていたということで、発達した良い筋肉をしているが、仕事で動かない生活になったために姿勢維持のために骨格を柔らかく使うやり方を体が忘れてしまったように見受けられた。
いすに座っての姿勢維持には脊椎の動きが重要で、仕事の上でモニターと斜めの角度で座ろうとしたら特に回旋がうまく使える必要がある。
回旋の動きは頚椎から胸椎がメインだが、第1、第2胸椎のあたりで動きがやや少なく、かつ硬結があった。
鍼でこの硬結にアプローチしたところ、ものすごく首が軽くなったとのコメントがあった。
マウス操作(あるいはキーボード作業も同様だが)では、机の上でわずかに腕を浮かせている必要がある。
そのため、上腕二頭筋などの腕の筋肉が疲労して、支えきれなくなると、より体幹の肩甲間部を寄せて背中側で腕を支えようとする。
この影響が脊椎の回旋を制限していたために、斜めの姿勢に無理がかかり、首・肩の痛みとして表れていたと考える。
治療で回旋制限を解除すると、体が本来の動きを取り戻して、とたんに痛みも取れたのだろう。
使用した主なツボ:
陶道
症例5 背中の湿疹
症状:
学生時代から背中に湿疹ができ始めて、だんだん悪化してきている。
ストレスと関係して、食事や睡眠など生活が不規則になると分かりやすく広がってきて、頭やおでこまで達することもある。
ステロイド剤がよく効いていて、塗るとおさまるが、量が次第に増えているのが気になっていて鍼灸を受診した。
治療内容と考察:
背中一面に熱感がこもっており、ただし、そのわりにお腹の中や足は冷えていた。
根底に体質的な問題がからんでいると考えて、古典的なツボを使って局所にとどまっている熱と冷えがうまく循環するようにした。
合わせて、アレクサンダー・テクニークのテーブル・ワーク的な手技を行って、手足の関節の動きも調整した。
途中から爆睡してしまい(本人いわく、外で寝落ちするのは本当に珍しいとのこと)、目覚めると、治療前は冷えていた足に温かさが戻ってきて、背中の掻痒感や熱感もだいぶおさまったとのコメントを得る。
ストレスによる緊張状態が続いて、体温、血流、代謝産物などもろもろの流れが滞っていたのを、鍼と手技で流れやすくすることで症状が改善した例と考える。
使用した主なツボ:
太白、太淵、肺兪、脾兪
症例4 風邪による声枯れ
症状:
1週間前に風邪をひいた。
熱はなかったが、症状が喉に出てかなり痰がからんだ。
処方薬でかなり症状は軽くなったが、声が出しづらい状況が続いている。
治療内容と考察:
左の脊柱起立筋から首にかけて強い張りがあり、また、左顎関節下にコリがあった。
これと裏腹に右のふくらはぎに硬いコリもあり、喉周りは両方の胸鎖乳突筋や舌骨筋群がやや緊張気味。
風邪がきっかけということで、まずは体をじゅうぶんに温めて体力の回復を促し、合わせて声帯に負担をかけている筋・筋膜系のテンションを調整する治療をした。
また、頭と首・喉の位置関係がより負担のないところに自動的に調整されるよう、脊椎の柔軟な動きを回復する治療をした。
風邪については、既に回復基調だったこともあずかって、1週間をおいて2回の治療で声の調子がおおむね回復し治療終了とした。
使用した主なツボ:
Th4夾脊、瘂門、天柱、翳風、天突、傍廉泉、承筋(R)
症例3 頭痛をともなう突発的な聴力の低下
症状:
2か月ほど前に狭いところで金管楽器のそばで演奏する仕事があり、以来、体調が悪くなると右耳の聞こえ方がおかしい。
まったく聞こえないということはないが、周囲が騒がしいところで会話する時に右では聞き取りにくい。
これにともなって、右の首の後ろから後頭部にかけても痛みがある。
治療内容と考察:
触診してみると、右の肩や背中から首にかけて強い張りがあり、右足の土踏まずの内側にも強い圧痛をともなうコリがあった。
頭蓋骨と首の境目に沿ってコリを探りながら鍼をしていくと、膜が晴れるように耳閉感が取れ、聞こえ方も変わってきた。
同時に頭痛についてもだいぶ軽くなったとのコメントを得る。
その後、時間を置いて、聞こえ方は完全に回復したことを確認。
音を感じる聴覚器官は頭蓋骨の中に埋まっているが、頭や首の筋肉、鼻や喉の奥からは膜や耳管を介してつながっている。
そのため、頭や顔面、首で強い緊張状態が続くと、耳の内部の血液やリンパの流れ、圧力にも変化をもたらし、聞こえ方に影響を与えると考えられる。
疲れによる身体の緊張がとりわけ右側に強く表れ、右耳の聴力低下を招いていたと考えられるが、筋緊張を解く治療をすることで聞こえ方も回復した。
使用した主なツボ:
C7夾脊、風池、天柱、完骨(R)、聴会(R)、公孫(R)
症例2 トランペット奏者の肩の痛み
症状:
数か月前から右肩に違和感があり、右腕を上げづらい状態が続いている。胸鎖関節にごりごりとした違和感があり、ひどい時には腕を肩の高さくらいまでしか上げられず無理に上げようとすると痛む。楽器の構えにも影響があり、左右で高さがずれるので右を肩ごと引き上げるなどして対応しているが、リハーサルが長時間になると背中から腰、ひどいと足にまで痛みが出る。
治療内容と考察:
来院した時点で比較的自由に腕を上げられる状態で(耳の付近まで上げられる)、肩甲上腕関節周囲の痛み、腫れや熱感もなかったため、いわゆる五十肩の可能性は暫定的に除外。そのうえで、楽器をかまえる体勢をとってもらったところ、やはり右肩を上げて左右のバランスを取ろうとする動きが見て取れた。
おそらくであるが、何らかの原因により数か月前に右の胸鎖関節に痛みを生じたのが始まりで、その痛みが出ないようにする代償動作を取るようになった。しばらくそうした動きを継続すると体は自然にその動作を覚えてしまう。ある程度痛みがおさまってその必要性がうすれても代償動作を取り続けてしまうことはよくあり、現在の背中、腰や足の痛みは代償動作によりかえって体を固めてしまった結果の可能性がある。
以上のように考えて、痛みを生じないよう細心の注意をはらいながら繊細に他動運動を行うことで現在の腕の可動性を再認識してもらい、鍼では脊椎と腰部へアプローチして筋肉のこりを解消するよう努めた。
治療後、再度楽器をかまえる動きをとってもらったところ、左右の高さがそろい無理に右肩を上げる動きはなくなった。
使用した主なツボ:
肝兪、腎兪、C7夾脊
症例1 大型木管奏者の頭痛と腕のだるさ
症状:
数週間前に右後頚部の筋肉が突然つった(きっかけとなった動作は覚えていない)。それ以降、朝起きる時に寝違えたような感覚が残り、右腕が常時なんとなくだるく、右手のキー操作がやりづらい状態が続いている。また、後頭部痛(右)がある。
治療内容と考察:
バリトン・サックスやファゴットなど大型木管楽器は楽器を斜めにかまえるため左右のバランスがとりづらい。重さはストラップ経由で首にかかるが、楽器のかまえは右により重さがかかるため、右側の首から肩、腕にかけて緊張した状態になりやすい。さらに複雑なキー操作も要求される。
演奏動作でつちかわれた筋緊張は演奏を離れてもすぐには抜くことが難しい。筋緊張が慢性化すると血流に影響を及ぼしたり、神経を圧迫したりして、痛みやだるさといった症状を引き起こす。触診の結果からも、右側の肩甲挙筋、胸鎖乳突筋、斜角筋、前腕伸筋群等の緊張がみてとれた。
本来、重さは脊椎が担うことで腕はかまえの位置修正やキー操作に専念できた方が、より効率的な身体の使い方ができる。そのためには楽器の微妙な重心移動に対応できる脊椎の可動性(回旋の動きなど)を回復しつつ、脊椎から肩甲骨、腕に向かう筋肉のテンションを最適化する必要がある。
本症例では、胸鎖乳突筋、後頚部、肩甲間部を中心としてアプローチした結果、頭痛も腕のだるさも著しく軽減できた。
使用した主なツボ:
天容R、風池R、天柱R、三陽絡R、膏肓、腎兪、T5夾脊、T7夾脊